皆さん、こんにちは。puffです。
もうすっかり夏日ですね。陽射しがとっても強くて、ほどよいさらさらした風が吹く。
昨日の雨が嘘のように上がってしまって……、何となく家事日和かしら。
こんな時、お掃除すると良いかもしれません。
ちょうどいい、とばかりに冷蔵庫のなかみを取り出して、トレーを洗ったり、不要なものを捨てたりしたら、とってもこざっぱりしました。
とにかく、休みの日がお天気なのはありがたい。そして昨日からどうしても“今東光(こんとうこう)”の"稚児"が読みたくなり探していたら……、県立図書館には置いていない、市立図書館にならあるということで出向くことに。
実際、古書で購入するとどのくらいかを問い合わせると、相場は2万ぐらい。しかし、和綴じであった!!
これは……、もしかして写筆もの???
『うーーん。内緒。』
古書屋の親父はこう言って私を玩弄するのだった。そして、私はむむむと歯ぎしりしながらも、媚びたりはしない。ここらあたりから巧妙な駆け引きが繰り広げられるのですが……、
『これは高いから今東光選集があるよ。それなら手ごろでいいんじゃない?』
それならばと一旦は電話を切る。そして県立図書館に問い合わせると……、
『市立図書館にはありますが、U分館ですネェ。』じゃあ、取り寄せ決定。読んでみて欲しかったら買う。(多分買う)という私の希望スタイルにようやく沿った形でのスタートを切ったわけで、一旦は幕引き。
本が到着するまでが楽しい。手に入れたら……、まるで始まりの恋のように欲求し熱望していたにもかかわらず、ちょっと遠くに突き放してみたりと、安易に手を出す場合と妙に焦らす場合とがあり、ここらあたりの心的内面は自分のことながら面白い。
今東光先生は僧侶で文壇の人、ちょっと異色ではあるのでしょうが……、この作品“稚児”に関しては川端康成氏も絶賛、序文は谷崎潤一郎氏だということです。(谷崎と今東光は悪友のような気がする。)三島由紀夫先生は禁色の中で密教の秘儀として“稚児灌頂”を紹介している。
今先生は比叡山での修行中、秘本に触れる機会がったらしい。漢文から訳し、書いてと……、そういった作業から“稚児”は生まれ、人々の目に触れるようになったのだ。
先生のお名前は、様々なところで見聞きしていても今回が初めて。いやーーー、楽しみ。
難しいと怖いなぁ。(これが本音です。)
●憂国(愛と死の儀式)監督/三島由紀夫
空っ風野郎は未見ですが、憂国はDVDをレンタルしようにも置いてあるショップもなし……、不法にアップロードされているYouTubeを見てもげんなりするのが嫌だから手をつけぬ……、ならば購入するしかないのか?と考え検索していたら。
三島由紀夫全集補完に憂国DVDが付いているという情報が。(だが私の目覚めが既に遅く、売り切れっぽい)全集補完を購入すると(稚児よりは安い。)そこそこしますから、なんとか借りれないものかしらと県立図書館に行ってみると、このDVDは絶無。なーい。
しかし、諦めない。今東光繋がりで市立図書館を検索していたら在庫に難無く完備。そして、漸く、出逢えたという。
三島由紀夫全集補完に憂国DVDが付いているという情報が。(だが私の目覚めが既に遅く、売り切れっぽい)全集補完を購入すると(稚児よりは安い。)そこそこしますから、なんとか借りれないものかしらと県立図書館に行ってみると、このDVDは絶無。なーい。
しかし、諦めない。今東光繋がりで市立図書館を検索していたら在庫に難無く完備。そして、漸く、出逢えたという。
憂国を読み解くに必要なのは、ここに確固たる”男の性“を持って来なければ(持っていなければ無理矢理でも持ってくるような。)そうでもしなければ深い考察自体が難しいと実感した。
その理由として明らかなことは、この"憂国"の背景が大戦前夜の事件、二二六事件に端を発した創作であるということ。主人公は陸軍中尉武山信二、その妻、麗子である。
“憂国” ーー、その名の通り、国を憂う物語、そして連想するのは、私の拙い知識であるけれど、”至誠、赤誠“であることに間違いはない。
“憂国” ーー、その名の通り、国を憂う物語、そして連想するのは、私の拙い知識であるけれど、”至誠、赤誠“であることに間違いはない。
正直に明かせば、女の私に理解できる?自問自答。しかしこの疑問こそを、かの三島由紀夫先生に丸投げしたら、一笑に付されること間違いなし……
●二二六事件に関与した青年将校に対しての鎮魂と、究極の愛と死の選択
映画の冒頭。巻物がするすると解かれて行く。
”昭和十一年二月、二二六事件勃発の時、青年将校たちは一人だけ盟友を誘わなかった。
彼はまだ新婚で、その妻と愛し合っていたからである。ーー“
武山中尉は皮肉な立場に置かれた。この友人ら、青年将校たちを取り締まるべく、帝都の守備に任じ、反乱軍の親友たちと殺し合わねばならない。
そうした時、武山は今に甘んじることを蹴った。到底耐えられない、友情を選び、彼等に殉ずるべく死を選ぶのだった。
妻麗子は夫の死を彼の様子からとうに知っていた。既に形見を用意し、帰宅を待つ麗子ーーー。
まるで比翼連理のような二人、最初はそう思っていたんですが、見れば見るほど違和感がこみ上げるのは何故?
やっぱり……、全編に通ずる匂いが、女人禁制 ーー、これだからでしょうか。
武山の維新、無垢な純潔を見てしまった気がして……、彼の切腹シーンは特に、侵しがたい、ある意味”禁忌“であると思った。今東光じゃないけれど、仏教の中での秘儀と同様、これをそっと垣間見せられたような、女の私が見てもいいのかという遠慮、後悔とが一気に押し寄せた。
しかし、これは決して残念だとか、嫌悪な感情発露からではない。英霊の者たちに捧ぐ、畏敬の念でもあるのだと、そう捉えて欲しい。
●映画を観た後のお楽しみなブックレット、情報満載。
三島由紀夫先生の魂が込められ、宿ったかのような映像に、一度見て感動、ブックレットを見ながら二度目の鑑賞で感極まり、モノクロの世界、能舞台の構成やら、隅々までの完璧性に脱帽です。
ブックレットには生々しいばかりの、先生自筆のシナリオが添付されており、映画の宣伝スケジュールから予算の計算まで、先生の熱意と努力が感じられました。
(各界の著名な方々とのやりとり、澁澤龍彦先生の感想なども必見です。)
海外での評価が最も高い、凄い〜〜、(当然だとも思った。)特に、全編にわたりワーグナーの調べが漂うという。崇高な響きは私の心を揺さぶった。
麗子役の女優も良かった。武山の生きざまを支え、受け容れてひとり旅立つ。
もう一度見ようかな。……日を改めて、今一度紐解いてみたいと思います。
2018.4.26
2018.4.26



