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こんにちはニコニコpuffです。
みなさん、いかがお過ごしですか?
ちょい、毎日早起きでして……、夜はうとうと、パジャマになると寝るのが早いです笑い泣き

陽射しも強くなってきましたねぇ。帽子が必要な毎日となりつつあります。ちなみに荷物が多くて日傘デビューはしてません。もっぱら帽子。
今年は新調するか作っても楽しいかな……、帽子のパターンもあるので麻で作ると素敵です。
話は変わりますが……。
Facebookでは1年前の出来事を振り返るって機能があります。それを開いてみたら、去年は肌寒かった模様。何故か寒々しい写真がいっぱい並んでいました。
過去の日記や出来事を追うのもまた楽しい~~、のですが、開かずの扉でもあるmixiブログを開いてみると……( ̄▽ ̄)
震災前の日記から全部とってあり読み返してみました……。案外素直に書いてます。またそういうの読むのも楽しい、回顧録に浸り気味のpuffです。

⚫️彷徨本編~777

宴前のフォジョンとの摩擦を乗り越えた公子ピダムは、漸く初行啓の場へと足を踏み入れるが……、蘇芳を挟み、フォジョンと繋がらねばならぬ因果をほとほと感じつつ、同族、血族であるといった事実を否が応でも認める、そんなお話が、あともう少し続きます。
病気の蘇芳を生み出さなかったら、落成式までフォジョンはお話に出てくる事も少なく、いわばお預け状態でした。
蘇芳を病にした事で何とか風穴を開けてみようかと考えつつ、東街遊郭の連中を活かそうかとか……、色々考えていて、後先は考えずに病にしちゃいましたが、隋の高僧智海の愛妾、蘇芳はこういった立場ですから……、トクチュンの父親が世話するか?しかし誰?恋仲のソンヒは身分低いしなぁ、などなど悩むばかり。
見切発車のツケを払いながら、ヒーヒーして彷徨を書いていたら……、ある日突然、フォジョンが登場しました。何でだろう……、今となっては忘れましたが、外伝を書いているのも大きいかもしれません。
外伝はピダムの幼少期にスポットを当てていますが、どちらかと言えば、ピダムを軸にしてフォジョンや爺(宦官)、医務官、シャンロン……、本編脇役の方々が活躍する物語です。
彼らを書いていれば自然、身近に感じてフォジョンを本編にも出して行く……。
外伝もピダムを主役にするつもりで書いているのですが、新キャラを投入したりと、ピダムの過去も鮮やかに色づき始めらフォジョンを掴み始めてから、書くのがどんどん楽しくなっていきました。

フォジョン考察は案外難しく、人間の裏側を参考に……、自身の内面を掘り下げつつ書いてます。闇を書きながらもそればかりではないのだ、何故そうなったのか、一縷の希望と光を見出しながら、一人の人間を書く、それも想像と妄想も織り交ぜながらo(^▽^)o✨
そして結果、楽しくなって……、それが一番なんだなと感じる今日この頃です。


⚫️楊広

隋の二代目皇帝、楊広(煬帝)ですが、何とも持ち手の資料が薄く心許ない……、つい最近、図書館で隋に関する資料を借りてきました。重たいのばっかりなので、許可を取り一部コピーしたりと、トートバッグが手離せません。

私のアンチョコ、バイブル的な存在の《中国5000年》これが上下巻あります。この資料は有難くて、隋の煬帝の姉、父親文帝の長女、楊麗華にも詳しく叙述してある貴重な資料です。
隋に関しての資料は殆どが全て一緒、ですから、楊広や、彼を取り巻く人々の挿話や逸話、内面性が浮き出るようなもの、癖や失敗談、隋ではなく、日本側の資料から浮き彫りになったり……、これこそが大事であると思いますが、それをピックアップして一つにまとめ、読み返し可能なファイルを作ろうと思ってます。
もう一つ、資料として年表が活躍しますが、今回ばかりは隋の年表が必要となるかもしれません。というのも、隋は二代の親子が繰りなした短命王朝ですので、年表も難しくなさそうです。暇を見つけてはノートに書きつけておき、また知りたい時、ペラペラとめくります。

あと今回の発見は、遣隋使関連の本を手に入れた事です。中華へと渡る際、海路が二つ示してあったこと……、北路と南路があるようです。彷徨の内容では落成式に無聊をかこつ二番手楊広が来る、という展開になってまして……、私はあっさりと北路に決定。
このルートに関しての資料が まったく無い状態でしたので、見つけた時は《遣隋使》かぁ…、うなってしまいました。

特に楊広は五人の男子兄弟の次男、熾烈な権力闘争に明け暮れ、兄を押しのけて皇位につくという……、バイタリティ溢れる男子です。
また中華の歴史に名を残すほどの暴君ですが……、現在は楊広、煬帝の研究も進み、暴君と言い切って良いのかといった声も聞こえてきます。
彼を語るには、父親文帝を知らねばならず、母の独孤皇后も知らねばならない。また隋は政治に仏教を取り入れ手厚く保護したのは有名です。となると……、隋に先立つ北周の武帝は仏教を弾圧した人ですから、文帝は北周との政治が真逆で違うのだと、鮮明に浮き彫りにした人物です。この比較も面白そうだ……、政治的にも効果があるからそうしたともじゅうぶんに考えられますが、裏側を読み解くと、文帝の乳母は尼僧。彼女の影響は長く文帝の支柱となっていたのではないかしら……、私はそこに興味をそそられます。
とにかく、隋の人々とは個性が強くてパワフル、また中華の巨大な一族としてのビッグファミリーです。ささやかな事件も華やかであり、壮大な絵巻物が繰り広げられるはず……


続く。


2016.4.26