(※多少、ネタバレ含みます)

映画『あの頃。』、

新宿歌舞伎町のTOHOシネマズで観てきました。



『あの頃。』は、

劔樹人(つるぎ・みきと)さんの自伝マンガ

「あの頃。男子かしまし物語」(2014年)を
映画化したもの。

劔さんは漫画家でもあり、ベーシストでもある。
奥様はこちらもハロヲタで有名な

エッセイストの犬山紙子さん。

2年くらい前に「きっかバンドがカッコイイ」というブログを書いたが、
そのベースを弾いていたのが劔さんだ。

映画にもあるが、
ハロヲタの入り口が松浦亜弥、というところは俺と全く同じ。
金曜日の深夜、

1人であややのライブDVDを見て、
一週間過ごしてきた現実世界から逃避する、
それが当時の自分のルーティーンだった。

自分が劔さんと違うのは、

イベントとかに全く参加しなかったことだ。
いわゆる「在宅系」。

当時、ヲタクが自主開催するトークイベントが流行っていたが、
劔さんはそこに自ら飛び込み、仲間を作った。
過激な学生運動さながらに、時にはヒートアップしながら、
ハロプロについて、

喧々諤々意見を交わし合うことをメインに活動していた
「言論派」に属していた。

もう一つのヲタクの生態としてあったのが「現場派」。
とにかく現場に通いまくる、

中には手段を選ばず最前を買い占めるヤツとか、
CDやグッズを買いまくって

「アップフロント本社ビルの柱は俺が建てた」云々と自慢する輩や、
ベリーズ工房フラッグ事件のように

狂気の行動に走る「過激派」もいた。

良くも悪くも、「熱狂」があった時代だ。


●ハロヲタとは「遅れてきた青春」である。

その「熱狂」はどうやって生み出されたものだろうか。

バブル崩壊後の退嬰的な空気感の中で、

ハロヲタが、やり場のない有り余るエネルギーをぶつける場所となったのはなぜか。

それは、その場所が
「遅れてきた青春」をかなえられる場所だったから。


学生時代に十分な青春を過ごせなかった野郎たちが
大人になってからもロクに仕事もせずに、

アイドルを応援し続けている。

限りなく自由で、バカバカしくて、幸せな時間。

 

いっぽうで、ヲタクを続けているほとんどの人が
「本当にこのままでいいのだろうか」と

懐疑的になる気持ちも経験しているはず。
実際、ふと我に返って

ハロヲタを卒業してマトモな生活に戻った人はたくさんいる。

この映画の主人公の劔さんもそういう気持ちに苛まれていた。
しかし、そこに忽然と20年後の劔さんがあらわれ、
悩んでいる彼に一言、こう言うのである。
「そのまま続けていいんだよ」と。

この映画のもう1人の主人公、
ミキティ推しのコズミンは、

やがてガンで亡くなってしまうのだが、
世間からは「クズ人間」と言われたとしても
コズミンにしてみれば、

最後まで、青春を謳歌する人生を選んだだけのこと。

(※ちなみに劔さんいわく、

コズミンは、矢口真里がスキャンダルで娘。を脱退したとき、
「問題を起こしたとはいえ、あれだけの功労者なんだから、

きちんとした形で卒業させるべきだ」と

アップフロントの前で座り込み抗議をしようとしたらしい。
天国で、今の高木紗友希騒動を見て
「まーた同じことをやっとんのかい!」と思っているかもしれない)

 

 

人生のテーマなんて、人それぞれ。
アクティブに行動することを第一に考える人。
家庭やお金、所有することを大切にする人。
勉学に励み、向上することを生きがいに感じる人。

 

安定を求めるのか、

刺激を求めるのか。

 

自分はこれからの人生、

トキメキをたくさん味わいたい。

 

自分がこうしてこの年齢でハロヲタをやっているのも、
「遅れてきた青春」を、
かけがえのない仲間とともに過ごしたいから。
それに尽きる。

すなわち、自分にとって『あの頃。』とは、

現在進行形の物語なのである。


最後に、

あやや役で登場した山﨑夢羽(握手会のシーン)。

メイクの仕方一つで、

夢羽の面影は一切消え、

見た目が完全にあややになっていたのにビックリ。

声と、ヲタ対応の仕方だけは、いつもの夢羽だった。

つんく曰く
「この役をよく引き受けたなぁ。

松浦と比べられるし、

なかなかの勇気がある事務所やなぁ」って思ってググったら

アップフロントのタレントで、「ああ、そりゃそうか!」って納得してしまった(笑)。

山﨑夢羽、頑張ってた。よかったで~!」

そうか、つんくは山﨑夢羽を知らないのか。

ハロプロの未来を担うエース、夢羽もまた現在進行形である。

 


 

劔さんの推し遍歴って、

松浦亜弥→道重さゆみ→和田彩花→金澤朋子

だよね。

 

 

P.S.
ぱいぱい、山越さんスクリーンに確認できず。