ご訪問ありがとうございます。金太郎あめを目指す☆とみとみです。
最近、ご訪問の皆さまの中に、
「シータヒーリング」と「同性愛」の単語で検索されて過去の記事 がヒットし、
当ブログへいらっしゃる方がみえると判明。
あることへの感謝を書きたいと思いながら、反面、
テーマに関する当事者性の意識による抵抗感から、なかなか書けずにいたことを、書きます。
以前の記事で、シータヒーリングが「同性愛」に対して
偏見が無いようなことを書いた事がありました。
まずはそれについて、「残念ながら、やっぱり偏見はある
」と、訂正させてください。
そして、事実を知らずに書いたことをお詫びしたいと思います。
ただ、今回の訂正とお詫びも、現時点でわたしが知り得た情報をもとに書いており、
それが今のわたしの限界である事をお許しください。
さて。
わたしはどんなところに偏見を感じたのか? ですね![]()
シータヒーリングの受講コースの中には、
約 2 週間かけて人体を直観的に観て学ぶクラスが存在します ![]()
人体の解剖学的な知識と、ヒーリングのうえで知っておくとよい病気や症候群、
問題点、対処(ヒーリング)方法などを学びます。
このコースの中で「偏見」を感じました。
このコース、8日目は『生殖システム』がテーマ。
テキストには『性的虐待』などの項目とともに『ホモセクシュアリティー』の項目が併記され、
男性の同性愛者を主に想定した説明が書かれています。
『同性愛者になる原因』や、ヒーリングする立場として
(両性愛者も含めて)あるがままを受け入れるように、といったことが記述されています。
残念ながら、このテキストにこの項目があること自体が、
わたしからすると「違う」んです ![]()
そして上記のように、「なる原因」なんて言葉が出てくるのは、ますますヘン![]()
対極の単語「異性愛」を使って、「異性愛になる原因」なんて、
言ったりしませんよね??
それが当り前(普通)だと思うことに、人は疑問を抱いたり原因を探したりしません。
もっといえば、同じ「性別」の相手を愛するとか、
異なる「性別」の相手を愛するとか、、、
「性別」が二種類しかないことが前提なのも、真実とは違いますよね
。。。
性別を含め セクシュアリティ とは実はとても多様なものなのに、
二元論の得意なわたしたちは、ついつい2極に分類したくなるようです。
それは、わたしたちの創った「制限」のひとつではないでしょうか?
冒頭で「感謝を書きたい」とつづったのですが、
「偏見」を感じるという出来事を通して、
改めて、たましいを探る旅へ出ることができ、
そのことで新しい発見があったことに感謝しています。
ひとを制限する何のラベリングもない、
魂としてのありのままの姿を見つめていくこと。
それが、わたしのスピリチュアルだと、発見できたから ![]()