1月16日は、「閻魔賽日」「十王詣」「薮入り」らしいです




「閻魔賽日(えんまさいじつ)」とは、俗に言う「地獄の釜の休む時」ってやつですね


「十王詣(じゅうおうまいり)」とは、地獄も休むので、「生前に十王(閻魔王)に詣る」ということらしいです


「薮入り(やぶいり)」とは、「奉公先より生家へ戻ることが許された日」で、現代では(形の上では)「丁稚も奉公も存在しない」ですから・・・




この我が家の近くには、「閻魔堂」を聞いたことがないので、このような風習は古来より少ないのかもしれないですが・・・


※どうやら、「薮入り」風習と縁があるため、「十王詣」の風習がないそうです






私は、神道の家系のため、仏教風習はあまり詳しくないので、調べてみました




仏教の根源は、「来世のために、現世により良い行動を行う」と言うのがあります(※諸説、解釈は色々とありますが)


なので、現世での行いを死後に精算し、来世に反映されます


性善説由来のため、死後の裁きは「地獄」が多いというものです






では、その裁く側「十王」を記載してみます




まず、「人(現世)の死」があります


死して最初の七日で、「死出の山」を超え、降りていかなければならない




一、秦広王(しんこうおう);初七日


死出の山を超え、三途の川の畔の緑色の門


そこに、最初の審査「書類審査」にて、


①「不殺生戒(ふせっしょうかい;生き物を殺してはいけない)」


②「不偸盗戒(ふちゅうとうかい;他人のものを盗んではいけない)」


③「不邪淫戒(ふじゃいんかい;不倫してはいけない)」


④「不妄語戒(ふもうごかい;嘘をついてはいけない)」


⑤「不飲酒戒(ふいんしゅかい;酒を飲んではいけない)」


の「五戒」を審査して、「三途の川」の渡る場所が決められる


その渡った先で、「奪衣婆(だつえば)」がその服や生皮を剥ぎ、「縣衣翁(けんえおう)」が衣領樹に懸け、その撓みにて罪の軽重をはかる・・・。


ただし、「秦広王」は「不動明王」が本懐であるため、「決意と慈悲」を表している。




・・・現代の世では、まず困難な審査ですね~


この三途の川ですが、渡る場所は「深い」「浅い」「早い」、渡り方は「泳ぐ」「歩く(?)」「橋」「舟」「渡れない」とあるそうです


「渡れない」と言うのは、俗に言う「賽の河原」で、石積みの光景ですね


川を渡って、服を取られ、その重さで罪が変わるのは、生々しいですね~


ちなみに、奪衣婆の身長は3メートル、縣衣翁の身長は1メートル弱で馬に跨っている


・・・・・・想像すると、恐怖の光景ですね


・・・・・・このあとは、ずっと裸なのかなぁ?




二、初江王(しょこうおう);二七日


その衣領樹の傍の碧の門


そこでは、「殺生」と「偸盗」の罪において、問われる。


首枷をさせられ、右手を金槌にて潰し、白状をさせる。


そして、「殺生」では、「等活地獄」へ落ちる


そして、「偸盗」では、「黒縄地獄」へ落ちる


ただし、「初江王」は「釈迦如来」が本懐であるため、「責め苦は苦行の始まりと諭す慈悲」を表している。




いやいや、殺生や盗みで、すでに地獄の行き先が決まりかけている


それに、釈迦如来が本懐ということは、「これも修行ぞ」と言われてるんだろうなぁ




三、宋帝王(そうたいおう);三七日


次に黄の門


そこでは、「邪淫」の罪において、問われる。


十二の目を持つ、獄卒が追い立てる。


もしも、邪淫にて生まれるであろう子が、その身を追い縋るように付いてくる


そして、「邪淫」では、「衆合地獄」へ落ちる


そして、「犯持戒(童女、童子、尼僧などを犯した罪)」では、「大焦熱地獄」へ落ちる


ただし、「宋帝王」は「文殊菩薩」が本懐であるため、「苦しみを逃れ、極楽に行ける知恵を授ける」を表している。




・・・不倫、男色、人道外性行為、姦通などがその罪になるそうで




四、伍官王(ごかんおう);四七日


次に白の門


そこでは、「飲酒」「妄語」の罪において、問われる。


金鋏にて、舌を引き抜き、天秤にてその言動を調べあげる。


そして、「飲酒」では、「叫喚地獄」へ落ちる


そして、「妄語」では、「大叫喚地獄」へ落ちる


ただし、「伍官王」は「普賢菩薩」が本懐であるため、「正しい言動にて、極楽にむかえる知恵を授ける」を表している。




飲酒、妄語(嘘)、綺語(飾り言葉)、両舌(二枚舌)、悪口(陰口や文句)など、「口」に関する罪ですね




五、閻魔王(えんまおう);五七日


最後に、赤の門


そこでは、「邪見」と「殺害」の罪において、問われる。


獄卒「牛頭」「馬頭」により、「浄玻璃の鏡(じょうはりのかがみ)」の前に立たされ、生前の様子を映し出す。


五戒に於ける罪を全て終え、罪業を閻魔帳に記載される。


そして、「邪見(道理を無視する罪)」では、「焦熱地獄」へ落ちる


そして、「殺害(親や僧侶の殺害)」では、「阿鼻地獄」へ落ちる


ただし、「閻魔王」は「地蔵菩薩」が本懐であるため、「地獄の苦しみに救いを差し伸べる慈愛」を表している




ここで閻魔王のご登場ですね


よく「真紅の顔」「真っ赤の顔」で描かれていることが多い閻魔王ですね


あとは、人身牛頭獄卒、人身馬頭獄卒がおります




閻魔王の顔が赤いのは、地獄の熱で暑いためだそうです(閻魔王は大変の暑がりです


牛頭は今で言う係長、馬頭は課長、閻魔王は部長くらいだそうです


・・・・・・世襲制だそうですね


そんなところで、変に現代社会が活きておりますね


浄玻璃の鏡は水晶製で、その亡者ごとに新しいものにするそうです




六、変成王(へんじょうおう);六七日


先の天秤と浄玻璃の鏡にて、再度罪を問いただす


弁解が可能であり、弁解が正しいならば閻魔王は代を変え、新しい閻魔王になる。


弁解が不当であるならば、猛虎や悍馬が追い立てていく


ただし、「変成王」は「弥勒菩薩」が本懐であるため、「人々を救済する」を表している




・・・閻魔王って、不正があれば別の獄卒がなるのですね


閻魔王って、案外・・・って思っちゃいますが( ´:ω:` )




七、太山王(たいざんおう);七七日


丁度、四十九日で満中陰ですね


ここで、最終審査が終わり、罪の軽重にて、六道を選ばされ、来世へ向かう準備となる。


ただし、「太山王」は「薬師如来」が本懐である。




この四十九日までで、生前の罪にて、落ちるべき地獄が決まり、行くべき来世が決まる




八、平等王(びょうどうおう);百箇日


再度罪の軽重を問い、その地獄での様子などを測る。


ただし、「平等王は「観音菩薩」が本懐である。




九、都市王(としおう);一周忌


亡者の苦痛を救うため、縁者への故人への追善供養を助言する。


ただし、「都市王」は「勢至菩薩」が本懐である。




十、(五道)転輪王((ごどう)てんりんおう);三回忌


来世への中陰を執り行い、生前の行いを反映させる。


ただし、「転輪王」は「阿弥陀如来」が本懐である。






各々の地獄や六道の説明は、また次の機会に致します




これは、一つの解釈法であり、宗教に於いて、解釈と意味合いが異なるため、一概には言い切ることはできませんが・・・


しかし、一度纏めてみると、面白いものです


次は、神道でのものも纏めてみる事にしましょうか




長々とお付き合いありがとうございましたm(>__<)m