第2回

瑠璃光寺五重塔を見に行って起こったことは、小生にとっては奇跡に近い体験だった。嘉代子と一美が五重塔に近い方の駐車場に行きそうだのを拒否。以前「メガ・エッグと繋がった時の駐車場にすべし」との遺伝子からの声に従い以前の駐車場に駐車。そして、そこに見たものは、ふしの学園で働いている女性の名前の一部がある香山公園の文字だった。前回のように五重塔のほうへ行こうとすると、嘉代子が当然のように左奥を目指した。それに続くと、最初に現われたのが、毛利家13代当主敬親であった。そして顕彰したのは明治天皇である。右にみながら尚も奥を目指すと、そこは毛利家の墓所であった。偶然、である事はわかっている。しかし、嘉代子が何故スーと左へ進路をとったのか、何故、小生が無条件で従ったのか「不思議」を感じだした瞬間だった。すでに「不思議」を実感している小生は、「次に何か来る」と予感している。来たのは「永平寺」だった。還暦を迎えた小生は、以前の親族会議で「解剖体献体」になり永平寺に眠ることを認められている。そして、この「仕事」を成就させたら「好きにできる」「身分」である。嘉代子と輝二に「しっかりした組合」を渡したら小生の現世でのシゴトは終わり。後は死ぬまで年金暮らしの身分。それを永平寺から始めたいと遺伝子は言っている。なおもこの小生の考えに確信を、駄目押しともいえる確信を与えたのが五重塔であった。建物が建てられたのは、嘉吉二年である。嘉代子が出てきた。國彦と嘉代子とともに「国」と戦うべしと教えたのが遺伝子である。香山公園である。明治維新を成し遂げた長州人が応援してくれているのが、われわれの組合である。名前を西日本高速道路サービス労働組合(略称・ネクスコ中国労組)と云う。その書記長を拝命したのが「歩遊人」です。この記録を途絶えさせないために、ゆっくり、じっくり、時々厳しく闘いを続けます。住所決まりました。広島市東区光町2丁目9番24号(ロードビル2階県労連内)で手紙届きます。電話番号は、082‐262‐1550です。歩遊人か嘉代子あるいは國彦が対応できるよう、できるだけそこにいられるよう頑張ります。応援よろしく!

西日本高速道路サービス中国労働組合(略称/ネクスコ中国労組)広島市東区光町2丁目ロードビル県労連内に発足しました。生まれた途端に重要役員2名が懲戒解雇されました。怒ってます。でも、淡々と闘いを進めようと考えています。ぼちぼち本裁判に入ろうかな、というのが現状です。中国地方の仲間に会える日を楽しみにのんびり戦います。歩遊人