1番古い記憶はいつ頃ですか?


うちは3歳頃くらいです。


そんなに憶えてないけど僅かに憶えている。


弟が生まれる前


母親がまだ妊娠してた時


3歳と言ったら発音の訓練が1番多かったはず


うちは母親と一緒に訓練してきたというより


一緒に暮らしてる祖母と訓練してきたような記憶があります


実際、あ行からわ行まで完璧に言えるようになるまで


繰り返された事もあった


弟が生まれた後


うちは母親に凄く甘えてたが


弟ばっかり構ってたので


いつもおばあちゃんと一緒に過ごしてきました


楽しい思い出もあったんですが


おばあちゃんと喋る度に


発音が変だったら


『もう1回言ってみなさい!!


今の確かおかしかったわ!!』


とさっきまで笑顔だったおばあちゃんが


突然怖い顔に変わり怒られた記憶もあります


また唇の形を読み取る訓練もあって


それもおばあちゃんによく怒られました


字を書く時も


マスからはみ出したら


字のバランスがおかしかったら


えんぴつの持ち方が変だったら


即怒られます


即字を消されます


即繰り返されます


『自分の名前を言ってごらん?』


うちの名前は発音をするのに難しい


今でも周りから『呼びにくい』と言われた事もあります


だからなるべく自分の名前を練習したくなかった


だって自分の名前なのに


どうしてこんなに簡単に言えないのか?


他の子は普通に呼べるのに


うちの名前はそんなに呼ぶのに難しいのか?


後で知った事にこの名前を付けたのは


おばあちゃんだったそうです


母親はちょっと変な発音を出しても


そんなに怒らなかった


注意するくらい


繰り返すと言っても2,3回くらい


だから母親とつきっきりでいたかった


おばあちゃんは嫌いだった


厳しすぎるし怖すぎるし


何回も繰り返されるし


嫌な記憶が鮮明に残っています


でも…


あれから10年以上経った今


普通に喋られるし


自分の名前も言えるようになった


でも時々聞き返される


それは発音が悪かったか


珍しい名前だからなのか


どっちかは分からない


でも…


今健常者の友達と


こうして喋られて


こうして笑って


共に楽しめるようになって


凄く嬉しい


ちょっと発音に気を付けただけで通じるし


唇の形をよーく読み取ったら


内容も分かるし


今思えばおばあちゃんには凄く感謝してる


怖いおばあちゃんだったけど


うちはおばあちゃんっ子


それもあの時から既におばあちゃんっ子になったかも


でも母親にも感謝してる


怒られて泣いた時


いつも抱っこしてくれた


寝る時も一緒に寝てくれたし


障害を持っても


健常者と同じような人生を送る事ができるのは


母親の優しさ


おばあちゃんの厳しさ


で成り立ってると思う


誇りに思う



ありがとう