気仙沼 ホヤぼーや ストラップ プロジェクト
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5月29日:寄付金送金のご報告

ホヤぼーやストラップ・キーホルダーをお買い上げくださった皆様、
本当にありがとうございます!

本日までに皆様からお預かりした
ホヤぼーやストラップ・キーホルダー計82個の
合計金額62,000円を5月29日に気仙沼市に寄付金
(気仙沼市内の災害復旧及び復興事業に活用)として振り込みました。

ご協力していただいた皆さん、本当にありがとうございます。


ここ数年、さまざまなご当地キャラクターが出ておりますが、
ホヤぼーやは特に魅力的で、お年寄りから子供まで愛される
キャラクターだと思います。

そんなキャラクターを産み出した気仙沼の方々はとてもセンスが良いし、
一過性のブームに乗らないで、地域に根付くことを前提に
ホヤぼーやは動いているように思います。
(素人意見で恐縮です。)

プロジェクトについて

わたしは東北の秋田出身です。
1983年に日本海中部地震を経験しています。

私の周りでは生死にかかわる大きな被害はなかったのですが、
この地震の津波で100名の方が亡くなりました。

山はがけ崩れの恐れがあるため海岸に逃げた人もいたと聞いています。

当時5,6歳の私が思うもっとも大きい数=100でしたので、
なんと多く人が亡くなったんだろうと思った記憶は今も強烈に覚えています。

祖父から日本海中部地震の直後によく聞いたことは、
「日本海側は津波が来ないと言われていた、
津波が来るのは太平洋側で何度も津波が来ている。」
ということでした。

秋田から見る太平洋側とは岩手や宮城の三陸海岸のことで、
津波対策は万全に行っていたと推測します。

今回の津波発生時の映像をyoutubeで見ていたところ、
高台のスロープ登り口の看板に「地震、津波、高台へ」
というようなことが書いてありました。

「地震がきたらまず津波」という意識は
三陸に住んでいる方は常に持っていたことと思います。


東日本大震災で強く思うことのひとつは、
津波の被害を知る三陸の方々でも、防ぎきれない大きな津波がきてしまった…ということです。


そこで、東日本大震災の被害を受けた方の役に立って、
少しでも経済的なお金の回りがあり、
お金のやり取りの中で楽しさやうれしさを感じられて、
最終的にお金を受け取る方にもその喜びのようなものが伝わる方法はないか考えました。


それが「気仙沼 ホヤぼーや ストラップ プロジェクト」です。


-わたしの考える、この活動で得られる効果-

1.ホヤぼーやストラップを買うことで、
  気仙沼でストラップを作っている方、販売している方の経済活動につながる。
  (ホヤぼーやのストラップを作っておられるのは、気仙沼市社会福祉協議会「松峰園」の方々です)

2.ホヤぼーやのストラップを気仙沼から離れた東京で販売することで、
  気仙沼市の観光キャラクター「ホヤぼーや」をアピールすることができる。
  そして、気仙沼が再び観光地として復興することにもつながる。

3.ストラップを買っていただいた方が、ストラップを携帯につけたり、
  このことを話題にしていくことで気仙沼への意識が長続きする。