立場を考えたら、いっしょに帰るなんて辞めた方いいのか?
明らかに自分の独りよがりな感情を優先している。
あれも12月だった。
8年前。
あいつと同い年の私。
「先生、私と帰るの楽しい?」
「うん。」
「そなんだ、うれし。」
「じゃあな、気をつけて帰れよ。」
「うん、帰ったらメールする。」
雪に覆われた裏道を抜け、地下鉄駅でいつも別れていた。
慎吾の家なんか、その時は知らなかった。
どこに住んでいるんだろう。そんなことを思いめぐらせていた。
家なんか抜け出して、来年にはいっしょに住みたい。そんな一生叶うはずもない淡い期待を胸に秘めては、かじかんだ手に息を吹きかけるように温めていた。
「やばい、抑えられなくなってる。」
彼のその一言が忘れられない。
子供心に、そんなもの今すぐ解き放って、私を抱きしめてほしい。
切実な思いだった。
そんな私は彼と同じ年になり、当時の私と同い年のあいつと、家路に向かう。
”やましいことなど一つもない”。慎吾がそう言っていたのを思い出す。
絶対にそんなことは無い。そして、実際にそうであった。
同時に、今同じことを考えている自分。
結果を身をもって知っているからこそ、慎吾も今の私も自分を合理化するために必死に言い訳をしている姿が無様に思える。
もし生徒さんの、あいつのことを考えるなら、こんなことをしてはいけない。
言い訳だってしたい。
私だって揺れ動いた。
自分の気持ちに気付いた時、抑圧しようとどれだけのエネルギーを費やしただろうか。
必死で考え抜いた。
それで冷たく接した。
そしてあいつが壊れつつあった。
それならば、少しの逸脱でもってもあいつの心が穏やかになればいい。
結果に対し前進になるかはわからないけど、妨げにはならないはずだ。
私も、そうであった。
慎吾は、やってはいけないことをしたけど私を救った。
「先生。」
「へ?」
「書いたよ。」
「なんで縦書きと横書き混ざってるの?」
「え、1ページに収まった方見やすいかなって。」
「まぁいいです。まかせます。」
やわらかく下の方で触れ合った。
「ごめん。お待たせ。」
軽く肘に触れた。
「寒かったでしょ?」
「わりかし。」
冬期講習や過去問のことなど、当たり障りの無い話をする。
ポンポンと言葉を受けては、受け取られ。
あっという間に大通りまでたどりつく。
会話とは、こんなに楽しいものなのか。
そのリズム感は実に心地よかった。
純粋にその時間は。
家の前の信号に来て初めて、あいつの横顔を見た。
伸びた前髪をかき分けている。
私も同じ動作をしていたとこだったから、少し笑えてきた。
居酒屋から出てきた集団がいたから、裏道を通って帰る。
「じゃ、明日勉強しっかりね。」
「さようなら。」
家の前で立ち止まることなく、あいつは通りに沿って小さくなっていく。
それを見るのも照れくさくて、オートロックの前で立ちすくむ。
名残惜しさなど、無いだろう。