私自身は知らない事を知る「知識欲」としての「真理」探求する方向性は理会できるのですが。
現実の範疇内の「真実」は「自分」を見失なう要素が多いような気がするのです。
例えば、人の噂話を聞いて嫌な気持ちになる事や
ある人の真実の姿と言った文句を聴くと知らなくてもいい事の方が多いような気がするのです。
フランスの古生物学者、地質学者、カトリック思想家でもあるテイヤール・ド・ジャルダンが言っています。
我々各人にとって人類とはたんに、支持し統一し存続させる枝のようなものではない。
それは未来の完成を内包する《矢印》なのである。人間は、絶望を免れようとするなら、
人間自身よりも人類を信じなければならない。
「自然における人間の位置 人間のエネルギー」
今月はもう11月なんですよね〜。
あと二ヶ月もなく平成が終わってしまうのです。
誰かの「真実」や何かの「真実」に目がいってしまったら、その事で憤りを感じないといけなくなります。
その事をずっと考えて何かを批判するよりも、
「本来」を考えた方がいいと思うのです。
「本来」を考えれば「未来」に繋がると思うのです。
池田晶子さんがこのような事を言ってます。
科学の最先端において物質が揺らぎ始めている。
「物質」という概念が物質という「概念」であったということに、人々が気づき始めているのだ。
素粒子は波、遺伝子は情報、大脳は意識、すなわち、かく在る我々の肉体とこの宇宙とは、それらを物質と考えることによって物質であるような何ものかであるあるのだと。かくの如くの科学的認識の切っ先が、自身の喉元に向けられているのに、あなたはまだ気づかないか。あなたは「誰」だ?肉体という物質が「考え」であるのなら、あなたは自身の肉体によらずあなたの「自分」を指示できるか。どのような確実さによって、あなたは「私」と発語していてと考えるか。
「残酷人生論」著者池田晶子
私たちは消えないものは目の前にあり、「私」というのは「ここ」にあります。
そのためのことを考え続けることの方が有意義な事でしょう。
刃が喉に刺さらないよう。
知りたい事やもし、真実知ったとしても動じない
ように生きる為に「本来」を「考える」事が
人類の未来の為だと思います。
逆ものさし講新聞
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