以下はJB Press(福島香織氏による記事)からの引用です。

 

米ロ主導で進み始めたウクライナ停戦協議に、台湾が戦々恐々としている。ロシアによる領土拡大が認められるような格好になれば、中国による台湾併合の野望を後押ししかねないからだ。トランプ大統領のディール外交で半導体工場を台湾から米国に移転させようという動きもあるが、そうなると台湾は「シリコンの盾」を失うことにもなりかねない。

 

ウクライナの命運が台湾の未来を左右する

 台湾は一貫してウクライナを支持してきたが、それはロシアがウクライナの一部のクリミアを超限戦(ハイブリッド戦)的な戦略で奪ったように、中国が台湾を武力で統一しようとする可能性に危機感をもっていたからだ。ウクライナがこの戦争に勝利し、ロシアのプーチン政権が瓦解すれば、習近平政権も台湾の武力統一は無理だと考えるはずだ。

 

 だが、米国がロシアのクリミア支配を容認し、ロシア有利の形で停戦、終戦合意させたとすれば、それは力による領土拡張を認めたということであり、中国は台湾武力侵攻の成功に自信を深めるきっかけになるかもしれない。

 

 もともと、トランプのいうマニフェスト・デスティニーによる領土拡張論や武力による平和の考えは、中国の台湾統一に有利になるという指摘はあった。さらに、ロシアとウクライナの停戦のための条件を小国ウクライナの頭越しに米ロ大国が決めてしまうとしたら、ウクライナや台湾のような小国は結局、大国同士のパワーバランスの都合によって、戦争に巻き込まれたり、ディール(駆け引き)のカードに利用されたりするしかない、ということになる。

 

ウクライナの運命は、台湾の未来を示唆している。

 米国はデンマーク領グリーンランドに対して、グリーンランドを譲渡するように要請しており、それを拒絶すると、力に物を言わせるとほのめかせていた。これが許されるなら、中国も台湾に対して同じような行為をしても米国は非難できるだろうか、ということだ。

 こうした懸念の中、ブルームバーグのコラムニスト、カリシュマ・ヴァスワニは寄稿記事で、「まず台湾の頼清徳政権は、米中パワーゲームの駒として使い捨てにされないように、トランプ大統領に何を提供できるかを考えるべきだ」と提言。現時点で米大統領が何を望んでいるかを把握するだけでなく、今後の対台湾政策の変化も視野に入れることが重要だとしている。

 

頼清徳政権がウクライナ支持を最初から旗幟鮮明(きしせんめい)にしてきたのは、中国の侵略に直面して絶対に気を許してはならないことを国内有権者に警告するためでもあった。当時の米国バイデン政権は徹底的にウクライナ支援に軸足を置いてきた。仮に、それがバイデンほか民主党政権サイドの兵器産業その他の利権が絡んでいたとしても、台湾としては、防衛装備、抑止力、外交において米国に依存せざるを得ず、ウクライナと似た立場なのだ。

 バイデン政権は「現状維持」「力による一方的現状変更に反対」「台湾独立不支持」という「戦略的曖昧さ」を貫いてきたが、この政策はもともと、台湾への武力侵攻があった場合に米国が介入することを中国に伝えるために考案された表現だ。実際、バイデン政権は過去に何度も、台湾が攻撃された場合、米国はその防衛に当たると公言してきた。

 台湾としては米国への軍事的依存があるからこそ、ウクライナ支持に振り切った側面もある。だがトランプは、バイデンと違い、そういう言質を取らせないようにしている。

 

台湾の「シリコンの盾」とは何か

 米メディアのインタビューでトランプは、台湾が攻撃された場合、米国は軍隊を防衛のために派遣するか?という質問を受けて、かたくなに「それは言わない、言ったらディールにならないじゃないか」と言明を避けている。トランプは自らをディーラーと位置づけ、中国、ロシア、そして台湾をも駆け引きの相手として見ているのだ。とすると、台湾の頼清徳政権はトランプに対して望むような取引をするために、何を提供できるかが重要となる。その提供できる「カード」が、トランプにとって中国が提供するものより価値がなければならないわけだ。

台湾の対米交渉カードは、一つは国防費増強カード、もう一つは半導体工場の米国移転カードだ。だがこのカードを切るのは頼清徳政権にとって簡単ではない。21日に台湾総統府で行われた記者会見で、頼清徳は国防に特別予算を割り当て、国内総生産(GDP)に占める割合を2024年の2.38%から3%以上に引き上げると述べたものの、台湾はねじれ国会であり、親中派の野党国民党が多数派で、まさに今、頼政権の国防予算増を妨害しているところだ。

 またトランプは、台湾の対米貿易黒字が過去最高であることにも不満を抱き、台湾が米国の半導体産業を「盗んだ」と繰り返し批判してきた。そして台湾製半導体製品に高関税を課すと圧力をかけ、さらに米国への台湾半導体工場移転をすべきだとしている。

 これについても、すでに米国アリゾナ州に3工場建設計画をスタートさせている台湾セミコンダクター(TSMC)は12日にアリゾナで初めて取締役会を開催。対米投資拡大の発表こそなかったが、これは米国でさらに半導体を製造するというシグナルだと受け取られている。

 だが、これは実は単純な話ではない。台湾「シリコンの盾」論というのがあり、世界のハイテク産業が依存する半導体産業が台湾に存在するということが、米国はじめ世界が台湾を中国の脅威から守るべきだという根拠になっている。

トランプが台湾から半導体産業を米国に移転させるということは、台湾から「シリコンの盾」を奪うことになり、トランプが台湾を中国侵攻から命がけで守る理由が失われることになりかねない。米軍の庇護が欲しいから半導体産業を米国に移転させる、というのは実は大きな矛盾をはらむ。

 頼清徳政権にできることは、ルビオ国務長官やヘグセス国防長官ら台湾防衛の必要性を公言している比較的親台湾派の官僚にいかにしっかりアクセスするかである。だが、そもそもトランプ自身が、こうした親台湾派の官僚たちの意見をどれほど重視するかは不明だ。

 しかもトランプが信頼を置いているイーロン・マスクは以前から、米国は中台の紛争に巻き込まれるべきではないと公言し、台湾を中国の一部といってはばからない。国務省公共外交、広報事務次官のダレン・ビーティも中台統一は必然、という立場を繰り返している。一方で、中国は中国で、このところの米ロ接近の動きをかなり警戒している。

 

米ロ主導で進む停戦協議に習近平が焦るワケ

 中国はこれまで、自身がロシアとウクライナの戦争を終わらせる平和の使者になるつもりで、しかもプーチンに有利になるように決着をつけるつもりだったはずだ。だが、トランプがあっという間に、習近平の頭越しに、プーチンと交渉を進めている。しかもトランプがプーチンに急接近する理由は、東欧の争いを早々に終わらせて、その軍事リソースを中国を仮想敵として、インド太平洋地域に振り分けるという意図が垣間見える。

表向きでは中国の傅聡国連代表は、中国がワシントンとモスクワの間で新たな「コンセンサス」に達したことを「歓迎」し、「和平を達成するためのあらゆる努力」を奨励すると述べていた。習近平はプーチンと24日に電話会談し、米ロの停戦協議への歓迎の意を示した。また、米ロ接近によって欧州が米国への不信感を募らせる中で、中国にとっては米国と欧州を分断し、欧州地域での影響力を再構築する好機となっているという見方もある。

 例えば14日のミュンヘン安全保障会議でヴァンス米副大統領が、「欧州大陸が直面する最大の脅威はロシアや中国ではなく(欧州)内部から来るものだ」と、欧州の民主主義を痛烈に批判し、欧州各国を激怒させていたが、そのとき中国の王毅外相は欧州を擁護するような発言をした。王毅は「欧州はウクライナの和平プロセスで重要な役割を果たさなければならない」と述べ、中国の態度はウクライナをめぐる米国と欧州の確執を埋めようとするものだと評価されていた。

中国は、あたかも自身が多極主義で自由貿易の防衛者で、世界貿易機関(WTO)の擁護者だというそぶりを見せて、欧州側を取り込もうとしているようだ。

だが、もし米ロ関係が再構築され、ロシアが中国を裏切るシナリオが進行しているとしたら、これは中国習近平の「偉大なる中華民族の復興」という野望の大きなつまずきになるだろう。ロシアが米国よりも、長い国境を接する中国の方を警戒しているという見方はかねてから根強い。ウクライナとの戦争で孤立無援となり、本来弟分であったはずの中国にロシアが従属する形になってしまったのは、プーチンとしては内心面白くないかもしれない。

 

トランプ大統領の狙いは中ロ分断か

 この状況について、フランス国立科学研究センター研究ディレクター・香港浸会大学教授の中国学の専門家、ジャン=ピエール・カベスタンがメディアに興味深いコメントをしていた。「トランプは中国とロシアを切り離し、ロシアを西側陣営に戻すことを夢見ている」「これは冷戦時代のリチャード・ニクソンの戦略をヒントにしている」というのだ。

 1970年代初頭、ニクソン大統領はヘンリー・キッシンジャー国務長官を通じて、ソ連を包囲するために中国人民共和国の毛沢東と接触、共産主義大国同士の中ソ間の対立をうまく利用した。その後の歴史はどう動いたかといえば、結果的に核戦争を回避し、旧ソ連を瓦解させ、東西冷戦を終わらせ、国際社会の再構築に成功した。

 トランプが今日、おなじような野心的なビジョンをもって、中ロを分断し、ロシアを西側に取り込むことで中国を包囲し、瓦解させるのが本当の狙い、というのは十分にあり得る。問題は、多くの人たちがほんの50年前の歴史については比較的よく覚えていて、プーチンも習近平もこの予測の裏をあえてかく可能性があるかもしれない、ということだ。

 また中国も米国・欧州というリベラルデモクラシーというイデオロギーでつながる同盟関係を分断させ、米国包囲網を構築し、米国を瓦解させるというシナリオを考えているかもしれない。

 一つ言えることは、トランプ政権が誕生したことで、国際社会の枠組み再構築の動きが一気に加速し、トランプが仕掛ける「ディール」の結果、誰が一番得をするのか、損をするのかはまだ見通せない、ということだ。台湾やウクライナ、そして日本のような小国にとっては、実に厳しい時代が始まった、と覚悟すべきだろう。

 

福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト

大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。