日本メーカーが中国テックに秋波を送る意味

 

湯 進 氏(みずほ銀行ビジネスソリューション部 主任研究員、中央大学兼任教員、上海工程技術大学客員教授)による東洋経済ONLINE5月27日付報文

 

トヨタ自動車の決算発表会が2024年5月8日に行われ、電気自動車(BEV:バッテリー駆動のEV)やソフトウェアなどの成長領域への投資を2025年3月期に1兆7000億円と、前期比40%増とすることを発表した。同社の宮崎洋一副社長は、「中国との比較で大きくビハインドしている(遅れている)部分がある事実を認めないといけない」と述べ、中国で需要が高まっているプラグインハイブリッド車(PHEV)事業を強化する方針を示した。

翌5月9日には、「トヨタがBYDの技術を採用するPHEVを投入する計画だ」と中国の地元メディア「財経」が報じ、中国自動車業界で大きな波紋を呼んでいる。

1997年に世界初の量産ハイブリッド車「プリウス」を発売したトヨタが、BYDの「DM-i」と呼ばれるPHEVシステムを採用するとなれば、中国のパワートレイン技術も大きなターニングポイントを迎える。*パワートレインとは自動車のエンジンなどの原動機が発生する回転力を駆動輪へと伝える役割を担う装置類。エンジンやクラッチ、トランスミッション(変速機)、プロペラシャフトなどを含む動力伝達装置の総称である。

 

北京国際モーターショーで見せつけた中国勢

中国市場では世界に先駆けて急速なBEVシフトが起こり、エンジン車(ICE車)の市場は縮小の一途を辿っている。日系自動車メーカーは電動化の対応が後手に回り、開発のスピード、ソフトウェア制御、AI(人工知能)などで中国勢に太刀打ちできない状況だ。

かかるなか、日系自動車メーカーは、中国テック企業と協業を通じてEV市場で勝ち残れる方策を模索している。2024年4月25日に開幕した北京国際モーターショーでは、中国勢が相次いで次世代技術を備えるスマートカーを投入し、外資系との差別化を見せつけた。デジタルマップに頼らないNOA(Navigation on Autopilot)機能や高性能センサー「LiDAR」を活用した自動運転補助システム(ADAS)が着実に進化する一方、基幹部品のコストダウン、開発期間の短縮(1年半程度)も実現している。

新車開発に3年程度をかけている日系自動車メーカーは、電動車サプライチェーンを含む勝算が見えない中、中国の大手テック企業と協業に踏み出した。トヨタは、中国ネット大手の騰訊控股(テンセント)と、AIのビッグモデル、デジタルエコロジー、クラウドの3分野で協力し、2024年中に共同開発したサービスを搭載する車両を投入。また、自動運転テック企業の小馬智行(Pony.ai)と協力してロボタクシーサービスを展開するなど、スマート化への転換を加速する。

 

多様な動力源に備えるソリューションを提供する、トヨタの「マルチパスウェイ」戦略に対し、ホンダは2030年以降、中国でエンジン車をハイブリッド車やBEVなどの電動車に切り替える「脱エンジン」路線を取っている。またホンダは、2019年にアリババAIラボが開発した音声AIアシスタント(スマートスピーカー)、「天猫精霊」を導入し、スマートキャビン技術に着目し始めた。2025年にはBEVの新ブランド「燁(イエ)シリーズ」に、ファーウェイの車載ディスプレー、航盛電子のコックピット、科大訊飛(iFLYTEK)の音声認識技術を採用すると発表している。

 

日産自動車は、中国の検索エンジン大手、百度(バイドゥ)と協業し、AIソリューションの強化や新たなスマートモビリティ体験の提供を図ろうとしている。また、合弁パートナーである東風汽車のリソースを活用し、2026年までに中国消費者の嗜好に合った電動車5モデルを導入する計画だ。

 

ヨーロッパ勢はすでに中国メーカーを活用

一方、ヨーロッパ勢は、すでに中国新興BEVメーカーの技術を活用し、自社開発プロセスの短縮や製品力の向上を図っている。ドイツ・フォルクスワーゲン(VW)は、2023年7月に7億米ドルで小鵬汽車(Xpeng=シャオペン)株式の4.99%を取得すると発表。Xpengのプラットフォームを活用するBEVを、2026年に投入する。プジョー、フィアット、オペル、クライスラーなど10以上のブランドを有するステランティスは、2023年末に零跑汽車(Leapmotor=リープ自動車)に15億ユーロを出資した。中国のBEVサプライチェーンを活用し、自社の製造力や販売網を生かしてグローバルでのBEV事業拡大を目指す。

中国自動車産業の発展を引っ張ってきたヨーロッパ勢は、技術を「与える側」から「もらう側」へと立場を変えつつあるものの、中国大手のテック企業との提携は慎重に模索している模様だ。その背景には、中国のメガテック企業「BATH」(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイの頭文字からなる造語)が中国BEV業界で頭角を現していることがある。ヨーロッパ勢は、システムを含む基幹部品をこれらメガテック企業と提携することで、地位低下する懸念があるからだ。

 

BEVメーカーの淘汰が進み強い者が勝ち残る

一方、ジャパンモビリティショー2023での「中国のBEVはスマートフォンのアイコンを並べているだけで技術的な驚きはない」というソニー・ホンダモビリティの川西泉社長の発言が、中国で物議を醸した。たしかに、中国ではBEVメーカーが乱立し、車載・コネクテッド技術にバラツキがあることは否めない。しかし、メーカーの淘汰は進んでおり、強い者がますます強くなり、そうでない者との格差が広がる「マタイ効果」が顕在化しつつある。ファーウェイは、独自のスマートモビリティソリューションの「鴻蒙智行(HIMA=ハイマ)」を地場自動車メーカーに提供し、ファーウェイ色の濃いスマートカー連合を確実に拡大させている。

中でも「問界」「智界」など、HIMA系列ブランドの販売台数は2024年1~4月に計12万台に達し、中国新興勢の首位に躍進した。バイドゥは、中国大手の吉利汽車(ジーリー)と合弁で「極越汽車(ジーユェ)」を展開し、2023年11月にLiDARを利用しない高度自動運システムを搭載するBEV、「極越01」を投入。アリババグループと上海汽車(シャンハイ)、張江高科技の3社共同で設立したBEVメーカー「智己汽車(IM Motors)は、2022年に高級BEV「智己L7」を生産開始した。

 

スマートフォン大手のシャオミが今年3月末に発売した同社初のBEV「SU7」は、家電やスマホなど各種デバイスが連動する機能を導入し、「走るスマホ」を目指している。自動車の知能化が進む中、通信技術やIoT(モノのインターネット化)などの技術との親和性が高いテック企業は、現在の流れを商機と捉えているようだ。

 

車両の電動化を前提とするコネクテッドカー市場は、エンジン車生産と異なるコンセプトでルールチェンジされ、新たな口火が切られたといえる。ファーウェイ、バイドゥ、シャオミなど異業種から参入した企業が、本業のエコシステムを活用し、斬新なデザインや機能で消費者の目を奪っているのだ。地場自動車メーカーも無視はできず、相次いでスマートカー開発に力を入れている。こうした新潮流の後押しにより、中国のBEVは想像以上のスピードで進化しているのである。

 

中国企業の急速な拡大に遅れないために

ガソリン車時代は、外資系合弁メーカーが製品力とブランド力を武器に、中国市場で圧倒的地位を構築してきた。ここにきて、地場自動車メーカーがBEV市場で先行し、「モノづくり力」も急速にキャッチアップしている。日米欧自動車メーカーのBEVが、中国テック企業に秋波を送り始めたことは、中国BEVの基幹技術やサプライチェーンの競争力が高いことを示しているといってよい。

「日本勢は、中国市場をグローバル市場と切り分け、BEVラボと位置づけるべきだ」との声も聞こえてくる。しかし、中国BEV市場の拡大は、決して技術・消費嗜好のガラパゴス化にならず、中国勢は自動車輸出を強化。さらに東南アジア、南米、ヨーロッパにもBEV工場を建設し始めている。全方位戦略、電動車専業、エンジン車のニッチ市場などに取り組む日本勢は、中国テック企業との協業を含む合従連衡を模索する必要があるだろう。同時に、スマートカー技術や乗車体験の向上も必要であり、サプライヤーチェーンの変革を通じた電動化シフトの成果を少しでも早く見せる必要がある。

 

(上記は”東洋経済ONLINE5月27日付”  湯 進 氏による記事からの引用です。)