1997年7月より、タイを震源としてアジア各国に伝播した自国通貨の大幅な下落および経済危機は「アジア通貨危機」と呼ばれている。

 

1997年5月中旬、ヘッジファンド等の機関投資家によるタイ・バーツの大量の空売りを受け、タイ中央銀行はドルペッグ制の維持(バーツ防衛)のためバーツ買いの為替介入を実施した。しかし外貨準備のドルが枯渇し、7月2日、ドルペッグ制から変動相場制(管理フロート制)への移行を強いられた結果、バーツは対ドル相場で急落してしまった。バーツが一斉に売られたのは、米国のドル高政策に連動してバーツも高くなり(ドルペッグ制のため)、タイの輸出が伸び悩み始めても、さらにバーツ高が進行したことに対しては投資家から過大評価ではないかと疑われた。

 

注1)ヘッジファンドとは、さまざまな取引手法を駆使して、市場が上がっても下がっても利益を追求することを目的としたファンドである。ヘッジ(hedge)は直訳すると「避ける」という意味で、相場が下がったときの資産の目減りを避けるといったところから用いられている。

普通の投資信託は、運用方法に制限を設定しており、相場が一方向に動いたときのみ利益が出る仕組みのものがほとんどで、ヘッジファンドは比較的自由な運用が可能で、先物取引や信用取引などを積極的に活用することで相場の上げ下げに関係なく利益を得る。リスクヘッジしながらも積極的な運用を基本としている。

注2)ドルペッグ制は固定相場制のひとつで、自国通貨と米ドルの為替レートを一定割合で保つ制度。英語表記「Dollar-Peg」の日本語読み。経済基盤の弱い国や政情不安の国などが通貨相場の安定を目的として、自国の通貨レートを経済的に関係の深い大国の通貨と連動させることをペッグ制といい、世界的な基軸通貨である米ドルと連動させる場合を特に「ドルペッグ(制)」と呼ぶ。中東産油国などが採用している。

 

通貨の急落は、同じくドルペッグ制を採用していたマレーシアやインドネシア、韓国にも波及した。タイ、インドネシア、韓国はIMF(国際通貨基金)や世界銀行、アジア開発銀行等の支援を受けることになり、支援の条件としてIMFが課した緊縮財政や高金利政策の結果、これらの国々はマイナス成長に陥り、タイとインドネシアでは政権交代に至った。IMFによる改革案の妥当性は疑問視されたものの、これらの国々において低インフレによる純輸出の拡大等により、1999年にプラス成長を回復した。危機後、アジアでは再発防止のための地域金融協力の動きが活発化した。

 

1997年のアジア通貨危機は、日本や他の国々にとって下記のような幾つかの貴重な教訓を与えてくれる。

 

安定した為替レートの維持: 危機の引き金のひとつは、通貨、特にタイバーツの過大評価であり、最終的には投機的な攻撃につながった。日本も同様の脆弱性を避けるため、為替レートが経済のファンダメンタルズを反映するようにすべきである。

 

金融規制の強化:「アジア通貨危機」では金融規制と監督の弱さが危機の大きな要因であった。過剰なリスクテイクを防ぎ、透明性を確保し、金融システムの安定を促進するため、日本は金融規制の枠組みを継続的に強化すべきである。

 

構造的弱点への対処:「アジア通貨危機」では、短期資本流入への過度の依存、脆弱な銀行システム、不十分なコーポレート・ガバナンスなど、アジア経済の構造的弱点を露呈した。日本は、人口動態の課題、非効率な企業慣行、硬直した労働市場など、自国の構造的弱点への対処に焦点を当てるべきである。

 

十分な外貨準備の維持: 十分な外貨準備を持つことは、投機的な攻撃や通貨危機に対するバッファーとなる。日本は、対外的なショックや市場からの圧力に耐えられるよう、十分な外貨準備高を確保すべきである。

 

地域協力の促進:「アジア通貨危機」は金融不安に対処するための地域協力と協調の重要性を浮き彫りにした。日本は、危機の予防、緩和、解決のためのメカニズムを強化するために、近隣諸国や他の地域パートナーと積極的に関わるべきである。

 

経済依存の多様化: 特定の部門や収入源への過度の依存は、対外的なショックに対する脆弱性を高める可能性がある。日本は経済基盤を多様化し、潜在的な危機に対する回復力を高めるために、特定の分野や市場への依存を減らすべきである。

 

健全なマクロ経済政策の実施: 慎重な財政運営、金融政策、為替政策を含む健全なマクロ経済政策は、経済の安定を維持するために極めて重要である。日本は、持続可能な成長、物価の安定、金融の弾力性を促進する政策を引き続き追求すべきである。

 

アジア通貨危機の経験から学ぶことで、日本は経済と金融システムを強化するための積極的な対策を講じることができ、将来同様の危機が発生する可能性と影響を軽減することができる。

 

なお、日本経済のファンダメンタルズのみに基づき、米ドルに対する日本円の正確な価値を決定するには、様々な経済要因を総合的に分析する必要がある。これらの要因には、GDP成長率、インフレ率、金利、貿易収支、財政政策、政治的安定性、その他のマクロ経済指標が含まれる。日本経済のファンダメンタルズが米国経済と比較して強いと仮定すれば、日本円が米ドルに対して上昇する可能性が示唆される。しかし、為替レートは市場心理、投資家の期待、地政学的イベント、中央銀行の金融政策など、多くの要因に影響される。実際には、日本円の対米ドル相場は、外国為替市場におけるこれらすべての要因の相互作用によって決定され、新しい情報や動向に基づいて日々変動する。したがって、特定の時点における徹底的な分析を行わない限り、正確な値を提示することは困難である。