(カリフォルニア州サンタクララ-2023年11月16日)

 

ラピダスコーポレーション

 先端ロジック半導体の研究開発、設計、製造、販売を手掛けるラピダスコーポレーションは本日、AI向けコンピュータを構築する次世代コンピューティング企業であるテンストレント社と、2nmロジック半導体をベースとしたAIエッジデバイス分野の半導体IP(設計資産)を共同開発することで合意したと発表した。エッジデバイスのエッジは「末端」、デバイスは「装置」の意味で、具体的にはスマートフォン、車、家電、工場の機械などが「エッジデバイス」にあたり、このエッジデバイスで学習や分析などの処理を行うことをエッジAIと呼ばれている。

テンストレントは、AIプロセッサやサーバに加え、世界で最も高性能なRISC-V CPU IPを構築・保有し、その技術を世界中の顧客にライセンス供与している。

RISC-V(リスク ファイブ)はカリフォルニア大学バークレー校で開発されオープンソースで提供されている命令セットアーキテクチャである。IP とは,元来特許などの知的財産権を意味する言葉であるが,半導体分野では,CPU や画 像処理回路,メモリなど LSI を構成する機能ブロックを設計資産ととらえて,IP(Intellectual Property)コアあるいは単純に IP と呼び、 またマクロと呼ばれることもある。

テンストレントは、ラピダスとの技術提携を通じて、進化し続けるデジタル社会のニーズに応える最先端デバイスの開発を加速している。「テンストレントと協業できることを大変嬉しく思います。両社ともユニークなスタートアップ企業であり、この協業がAIを活用した大きなイノベーションにつながると確信しています。」と株式会社ラピダスの代表取締役社長兼CEOである小池敦義氏は述べている。

日本はテンストレントにとっても非常に重要であり、アジア太平洋地域のお客様とともに大きな勢いに乗っている。日本で私たちが行っているあらゆることをお話しできることを誇りに思う。日本が持つ半導体技術における卓越した遺産と素晴らしいエンジニアリングの人材基盤を活用して、大胆かつ積極的な動きを見せていることにテンストレントは期待している。

 

ラピダスは今年9月、北海道千歳市でIIM(Innovative Integration for Manufacturing)の建設を開始した。これは、2ナノメートル(nm)以降の最先端ロジック半導体を生産する日本初の施設となる。 同時にラピダスは、世界最先端の半導体研究拠点の一つである米国ニューヨーク州のアルバニー・ナノテック・コンプレックスに研究者を派遣し、IBMと共同で2nmロジック半導体の生産技術開発を進めている。また、最先端半導体の生産に不可欠なEUVリソグラフィ技術もimecから取得する予定。これらの技術を活用し、2025年4月にIIM-1でパイロットラインを稼働させ、2027年に量産を開始する計画である。

 

EUV露光とは、波長が13.5nmの極端紫外線(Extreme Ultraviolet:EUV)を用いた半導体露光技術のことで、半導体チップは、影絵を投影するのに似た方法で、光(紫外線)を原版(マスク)に当て、そこに描かれた回路パターンをレンズで縮小し、シリコンウェーハ上へ転写することを繰り返して微細な素子や配線を形成している。露光技術の解像度が高まるほど、より微細な回路パターンをウェーハ上に形成できる。露光に用いる光学系装置の仕様と解像度には、レイリーの式と呼ばれる関係があることが知られている。ウェーハに回路パターンを投影するレンズの口径を大きくするか、光源の波長を短くすることで解像度を高めることができる。

 

Tenstorrentについて

Tenstorrent社は、AIのためのコンピュータを構築する次世代コンピューティング企業で、カナダのトロントに本社を置き、テキサス州オースティンとシリコンバレーに米国オフィス、ベオグラード、東京、バンガロールにグローバルオフィスを構える。Tenstorrentはコンピュータアーキテクチャ、ASIC設計、先進システム、ニューラルネットワークコンパイラの分野の専門家を結集している。Tenstorrentは、フィデリティ、ヒュンダイ・モーター・グループ、サムスン、エクリプス・ベンチャーズ、リアル・ベンチャーズなどの支援を受けている。

 

ラピダスコーポレーションについて

ラピダスコーポレーションは、世界最先端のロジック半導体の開発・製造を目指している。設計、ウェハプロセス、3Dパッケージングなどのサイクルタイム短縮に向けたサービスの開発・提供を通じて、新しい産業を創造していきる。ラピダスコーポレーションは、半導体を通じ、人々の暮らしの充実と豊かさ、幸せに貢献するため、挑戦し続ける。

 

 

下記の項目は伊藤元昭氏(株式会社エンライト代表)の報文からの引用です。

EUV露光装置の現状

現在、実用レベルのEUV露光装置の開発・供給は、オランダのASMLただ1社が担っている状況である。2023年時点での市場シェアは100%と独占状態だ。EUV露光装置は平均価格が3億4000万アメリカドル(約390億円)と極めて高額でありながら、最先端半導体チップ需要の高まりを反映し、2022年末の時点で400億ユーロ(約6兆2800億円)もの受注残があったのだという。2000年代以前までは、半導体露光装置の市場を日本企業が席巻していた。ところがEUV露光に関しては、技術開発はしたものの実用化には至らず、既に開発を凍結もしくは事業から撤退している状況である。技術的な難易度が極めて高いEUV露光機の開発・実用化に、なぜASMLは成功できて、日本企業は失敗したのか。その原因を法政大学 経営学部の田路則子教授が研究している。教授が指摘したASML成功の要因は以下の3つに要約できる。

 

1)ASMLが装置の要素技術や構成部材の内製にこだわらず、客観的に性能評価が可能なシステムインテグレータの役割に徹したこと。日本企業は多くの技術・部材の内製にこだわっていた。

2)多くの顧客や関連企業と連携して多様な課題を洗い出し、多様なアイデアを集められる体制を構築したこと。日本企業は、特定得意先とのクローズな開発にこだわっていた。

3)顧客となる半導体メーカーが後発組で困難な技術課題が多く、その解決支援を通じて知識と技術が蓄積されてしまったこと。日本企業は、気心の知れた、技術レベルの高い顧客だけを相手にしていたため、意思疎通は円滑だが揉まれる機会が少なかった。

自前主義と優良顧客中心は、半導体産業に限らず日本企業によく見られる傾向だ。実に日本企業らしい失敗と言える。

 

EUV露光装置の未来

現時点で、EUV露光装置を使ってチップを量産している半導体メーカーは、TSMC(台湾)、Samsung Electronics(韓国)、Intel(アメリカ)の3社。日本では、国内での半導体産業再興を目指して2022年に設立されたラピダスが、2027年の量産開始に向けて技術開発する予定である。

ASMLが多くの受注残を抱えていることからも分かるように、半導体メーカーがEUV露光機を潤沢に導入できる状況にはない。さらに、実用レベルに達したとはいえ、EUV露光の光源出力はまだ低く、露光時間が長く生産性が低い状態だ。このため、チップ製造の工程のうち、性能やコストの要となる工程に絞ってEUV露光が適用されている。もちろん、より多くの工程にEUV露光を適用すれば、性能やコストをさらに向上できることは明らかだ。このため、光源のさらなる高出力化と、高出力光源を利用した微細加工技術の開発が進められている。

 

より微細な回路パターンを描くための次世代EUV装置の開発も進んでいる。先述したレイリーの式では、レンズの口径を大きくすることでも、露光の解像度を高められることを紹介した。現在、実用化されているEUV装置のレンズ口径を表す開口数(NA)は0.33。ASMLは、これを0.55にまで高めた次世代装置を開発中であり、2024年ごろに量産機として投入する予定である。さらにベルギーの研究機関であるimecの年次イベント「ITF World 2023」にて、同社は2030年代には開口数を0.75にまで高める必要があることを示唆している。

 

一方、将来に向けて、ASML以外で実用レベルのEUV露光装置が開発される可能性はあるのだろうか。最も注目されているのが中国の動向である。現在、アメリカ政府は、国家安全保障の観点からASMLがEUV露光装置を中国に輸出しないように強く働きかけている。その結果、中国国内では、最先端の半導体チップを製造できない。ただし、中国の研究機関には、独自にEUV露光装置を開発してきた実績がある。自国開発にこだわる理由ができた現在、その動きが加速する可能性が高い。ASML CEOのピーター・ウェニンク氏は、2023年4月26日の年次株主総会で、「中国が独自の装置開発を目指すのは当然。ASMLが中国へのアクセスを維持すべき」と述べている。窮鼠猫を噛むという結果を招き、競合が生まれることを防ぎたい考えだ。

 

日本の装置・部材メーカーの役割

露光装置の開発・供給では失敗した日本企業だが、ブランクス(マスクの原版)、レジスト、マスク検査装置、塗布現像装置など、EUV露光を利用するうえで欠かせない多様な部品材料を数多く供給している。例えばEUV露光用レジストでは、東京応化工業やJER、信越化学工業、住友化学などの日本企業が、圧倒的なシェアを占めている。ブランクスはHOYAとACGというガラスメーカー2社で寡占している状態だ。EUVフォトマスクの欠陥検査装置ではレーザーテックが、塗布現像装置では東京エレクトロンが極めて高いシェアを維持している。いずれも、高度な技術が要求される領域である。