(前回のつづき)

せっかくのチチェンイツァだったが、ピラミッドの頂上でバンザイをした後、階段を降りた僕たち勝者は、全く観光する時間も与えられず、すぐにバス(注:リンカーン組が乗ってきたバス)に乗ってカンクンに戻ることになった。
ウルトラクイズでは、勝者と敗者が決定すると、すぐに両者を引き離し、話もさせてくれないのが慣例だ。おまけにオンエアをみて初めて知ったことだが、ここではピラミッドの内部を使った罰ゲーム(この罰ゲームは本当に貴重な体験で価値あるものだと思う)が行われることになっており、勝者たちをその場においておくことなどできなかったに違いない。でも、わかっていたこととはいえ、やっぱり残念だった。

チチェンイツアではリンカーン組と合流してすぐにクイズが始まってしまったため、リンカーン組が前日すでにカンクンに、しかも僕と高橋(充)が泊まっていたホテルの隣のホテルにいたことを知ったのは、帰りのバスの中でのことだ。そして僕たちがバスを降りたのは、まさにこの隣のホテル、リンカーン組が泊まっていたホテルだった。
まあ、これも後から考えれば当然も当然のことだ。僕と高橋(充)が泊まっていたホテルのデッキが、翌日のクイズの会場になるとは、思ってもみなかった。

この日の僕は、久しぶりに中村と同室だった。
中村は、成田のジャンケン前夜、最初の宿泊ホテルで同室(注:このときだけ3人部屋で、もう一人はパチンコ敗者復活の後深夜のグアムブーブーゲートで敗れたもう一人の宇田川さん)だったこともあり、気のいい彼の性格もあいまって、僕にとっては気の許せる友人だった。ハワイでの綱引きでは、僕を含めて明らかに非力なかげろう組にあって、先頭で孤軍奮闘、僕たちを敗退の危機から救ってくれている。そのときには大いに感謝したものだ。

その中村と久しぶりにゆっくりと話のできる機会をもったわけだが、この日の中村はなぜか表情が暗かった。そして、意を決したように重い口を開いた中村が、僕に話してくれた話は……


バッドランドでの「国境突破一足跳びクイズ」を終えた日の夜、メキシコへ向かうことになった僕と高橋(充)がリンカーン組とは別れてモーテルに泊まった夜のこと。リンカーン組が一室に集まって宴会をしていたことは、前に述べた。

その宴会の中ではもちろんいろいろな話がかわされたのだろうが、その中で、誰言うとなく「打倒 稲川」で盛り上がっていたと言う。

この話は僕にとってはもちろんおもしろい話ではなかったが、元々ハワイでのスタッフの仕掛けに端を発することだし、十分にありえる話だった。だから僕としても「まあしようがないなあ」くらいの軽い受け止め方だった。
だがしかし、中村の口から続いてでた言葉を僕は聞き流すことはできなかった。

「バッドランドでは一足跳びの2人が決定するまでクイズを真剣にやる気がしなかった」という話があった。

つまり、言葉通りに解釈するならば、バッドランドでは、僕と高橋(充)の勝ちぬけが決まるまで、クイズの手を抜いていたということになる。
バッドランドといえば、僕は敗退の危機を少しでも回避したいがために、思い切りいこうと思いながらも、高橋(充)に完敗したところ。その後、僕は世紀の大珍答で1回はふりだしに戻り、宇田川の猛追を受けた末に、辛くも2抜けしたところだ。僕としては、ロサンゼルス以来の無様な戦いの尾を引きながらも、なんとか2抜けで一足跳びにすべり込み、心の底から安堵した。それが、リンカーン組の手抜きに助けられての勝ち抜けだったのか。

ちなみにこの話、オンエアをみてみると、誰も手抜きをしているようには見受けられず、実は単なる気分的な話だったのではないかと推察される。実際のところも、宇田川なんかは本気で勝ちに来ているのがはっきりわかる。
しかしながら、この話を聞いたときの僕には、そんなことを冷静に考える余裕はまるでなかった。ハワイの夜以後、期待をかけられながらも、繰り返される無様な戦い。思えばカンクンに至るまで、クイズ経験者として、らしさをみせたことは一度もなかった。元々緊張しやすい性格で、さらに辞表のプレッシャーもあってか、思うような戦いができなかった。それが、こともあろうにクイズ未経験者に助けてもらうことになろうとは。立命館大学でRUQSを設立し、仲間たちと楽しくやってきた自分のクイズ人生が、根底から否定されたような気がした。誇張でもなんでもなく、このときの僕が受けた衝撃には、計り知れないものがあった。

中村は、「この話を稲さんにするまでは負けられないと思った」とまで言ってくれた。それを聞いて僕は涙がでるくらいにうれしかったが、それとは裏腹に、自分の中に、青白い炎が燃え上がるのを感じた。

「やってやる」

僕は心の奥底で、そう叫んでいた。

・・・・・

チチェンイツアとカンクンは、珍しく2日続きでクイズが行われることになっていた。
そしてカンクンのクイズの日、集合時間はなんと午前4時30分。

僕は当初、カンクンでのクイズを、かつてマイアミでやったような浜辺でタイヤをひくクイズか、もしくは泳ぎを伴うものと予想していた。いずれにしても体力クイズ、どちらであっても自信はない。もし泳ぎに関係したクイズだったならば、自分の不利は決定的になる。だが、こんな未明に集合して、何をやるというのか。

前夜の決意とは裏腹に、自分の力を発揮できそうもないクイズを予想し、不安を抱えたままの僕は、中村とともに集合場所のロビーに向かった。そして全員集合を確認したディレクターは、珍しくバスではなく、徒歩で僕たちをクイズの舞台へと誘導した。

そこは、僕と高橋(充)がバカンスを楽しんだところ。そして、強制的に日焼けをさせられたところ。全くの暗闇の中、無数のライトが当てられて、ギリシャの神殿を思わせる列柱が浮かび上がり、その中には早押し席がセットされている。暗闇の中、プールサイドに浮かび上がる早押し席は、はるか以前、グアムで経験したベッド争奪クイズの会場にも似ていたが、それとは比べものにならないほど神々しかった。

この段階では、ここで行われる革新的とも思えるクイズのルールはまだ知らされていない。
だが、早押しクイズであることは明らかだ。

その瞬間、僕の脳裏には昨夜の話が強烈によみがえり、ふたたび青白い炎が燃え上がるのを感じるのだった。

(つづく)