70年推してくれたファン | はる駒コンシェルジュ

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本日は、芸能生活の中で、私が1番長く関わったファンの方のお話を少し

私16歳終わりかけぐらいに役者になりましてね。

今年56歳になろうかとしているので、

約40年位大衆演劇の役者として暮らしてるんですけどね

そのうち私が最も大切にしていた主人が50歳で他界したので35年間連れ添ったんです

しかし、その主人ですが、勝てない年数お付き合いがあったのが 1人のご婦人なんですけど

私が生まれたときには、既にこの方の存在を認識しているので

いわゆる今年満55歳の人生55年お付き合いがあるんです。小さいときには子守をしてくれおもちゃを買ってくれ。ご飯を食べさしてくれ。

親がいない時も面倒見てくれ。でも家族じゃないんですよ。

でも、そのご婦人ね、実は私の親戚とはもっと長い付き合いで、おじいちゃんもおばあちゃんもおじさんたちもみんな知ってるんです

それもそのはず、私の父がね14歳で座長になったときに出会って、それから今年84歳になろうかと言う年までずっと

推しだったんです 娘の私や親戚より付き合いが長いんですよ

今でこそ 推し ってこんなはいからな呼び方になってますが。

昭和の高度成長期の時代から約70年間変わらず押し続けてくれた。

そのご婦人にはねちゃんと家族があったんです。

それもすごく優しくてイケメンの旦那さんがいて、そして娘さんや息子さんがいて立派な家庭があったんです。

その中で いろんな家庭の事情もあっただろうね。

ずっと変わらず押し続けてくれた。

そのご婦人を

私たちはおばちゃんと呼んでました

おばちゃんは幼少期から悪いことをすれば怒ってくれるし、

わがままも聞いてくれるし

朗らかで面白い人でした

今年6月の9日に特別イベントをする。

私の父、勝龍治の1番長い長い長い歴史を見てきた貴重なその人は

先月の29日他界されました

 

29日は私の1番下の孫の誕生日です

お葬式の5月の5日は、私の祖母の命日です

葬儀場は、私の近親者の葬儀場と同じ場所でした 

どことっても忘れることもできない時と場所に紐付けて旅立っていかれた。

そのご婦人

大衆演劇の浮き沈みを見つめ続けて 勝龍治を推し はる駒座を推し 私の強い味方だった

おばちゃん ここには書き尽くせない位のたくさんのエピソードがありすぎて、

思い出しても笑けてくるような話が山ほどあります。

私たちの間にある歴史を胸に旅立っていかれたことでしょう

 

おばちゃん安らかに

そしてこれから先もずっと私たちを推し続けてね

 

 

・・・・・エピソード1つも書けなかった。ここでは、

書き切れないほどのエピソードの数々を、

またNOTEで書きます。

 

 

 

 

 

 

ありがとう おばちゃん 大好き

理想のお母さんでした

また

会おうな