今日は次の大学に行くまで時間があるんで前の大学の監督の話をちょっとします!今、思うと解雇されたんも監督にやし、あんな高い場所でバスケできたんも監督のおかげってゆう複雑な環境やけど今では凄い感謝しています!
彼は元、中国代表でなおかつ中国のプロCBAでなんとアシスト王にまでなった凄い奴です、なにが凄いかってポジションがPFでアシスト王に輝いたこと(゜o゜)
練習中でもたまに着替えて自分でもプレーするけど体は鈍ってて足とかは遅いけど2Mとは思われへんほどのシュートタッチの軽さ、フリーの見方にパスするパスの精度、なによりPFで培ってきたステップの巧さが今のプレーを見ただけで昔は上手かったんやろな~って思わさせられます。
この監督はホンマに最初は嫌いやった。
やっぱ凄いバスケに厳しい方でバスケ部に入るセレクションの時でも今日見てダメやったら明日から来るなっていきなり言われるし自分のバスケが認められるまでの間の期間はホンマに辛かった。
やっぱり言葉が通じひんし、浪人時代に落ちた体力を戻すんに時間がかかり練習でもついていかれへん部分があって認めてもらうにはホンマ時間がかかった。
1番悔しかった事は、ずっと自分の名前を日本人って呼ばれることがホンマ嫌やった。
自分には、ちゃんと名前があるしその名前をしっていながら日本人って呼ばれるんには、なんか納得できんかった。
でもそれも最後には自分のプレーを認めてもらえ名前で呼んでもらえるようになった!
あん時の感動は自分以外の誰にも分からんやろうけど、ホンマ中国でバスケやって良かったって思った!
こんな経験をさしてくれたんも監督のおかげやし今までバスケではない辛い経験をさしてくれたんも、また彼のおかげ。
今度は違う大学でプレーするけど自分が中国でバスケをしてるうちに絶対に彼が監督をしてる大学と当たって、こいつを手放なさんかったら良かったな~って思わすんが、とりあえずの目標!!
この目標を達成するために、とりあえず次の大学でもなんとかしてバスケ部にはいろうと思う今日この頃(ー_ー)!!