① 映写機が映像をスクリーンに投射するのと同じように、目は内的なイメージ(観念)を物質世界に投影し、焦点を合わせる。口は言葉を、耳は音を創り出す。この原理を理解するのが困難なのは、イメージや音は感覚器官が読み取るのを待って、すでに存在しているものだと思い込んでいるからだ。

 

 実際には、感覚器官というものは、観念を物質的に表現するのに使われる創造のためのチャンネルなのだ。つまり基本的には、感覚器官はすでに存在する物質世界を知覚するために発達したのではなく、世界を創造するためにあるのだ。

 

※ 心が、「感覚器官によって得られたデータに」現実性を「押しかぶせる」と説いたカントなら、感覚器官は単に物質世界を知覚するのではなく、「それを創造するのだ」と言うセスにおそらく同意しただろう。

 

     

② (セスのあるセッションにて) 参加者であるメアリーとアートが腰かけているカウチソファの方へ目をやった場面より

 

 私はちょうど、お二人の間を見ています。そこの派手な青いカウチソファに座る友を、私以外の人が見るときには、実際通りの構造的映像を見ることになります。つまり、一人がそちらに居てもう一人があちらに居て、そのはざまに空間があるというようにです。

 

 しかし、その二人の友の間の空間は、空(くう)ではありません。あなた方がそこを空だと見なすのは、そこにあるものが知覚できないからに過ぎません。

 

 さて、ご存じの通り、部屋のなかを泳ぎまわり二人の間を埋め尽くす原子や分子、あるいはエネルギー(量子場のエネルギー)をあなた方は知覚していません。あなた方がぎっしりと中身の詰まった固体として知覚しているカウチソファは空なのです。

 

 あなた方に独特の身体的感覚がなければ、カウチソファを固体として知覚することはありません。構造を創るのはあなた方です。あなた方の思考が構造を知覚します。あなた方が構造を強化し、実際に創り上げているのです。

 

質問:私たちは全員で同じ構造を創り出していて、それで同じカウチソファを見ているのか?)

 

 確かにあなた方が一脚のカウチソファに座っていることを、普通はそれぞれ合意しています。ですが、あなた方が見ているのは同じカウチソファではありません。あなた方が知覚するのは自分自身の観念構築体だけであり、自分以外の人によるものは知覚できないのです。

 

 精神感応(テレパシー)的な方法により、あなた方は自分の観念を、他者の考えの知っている部分に同調させているのです。あなた方は、カウチソファがここに在るということに合意しているのです。

 

 さて、なるほどあなた方の体系においては‥次にこの事を指摘されるのを見越して申し上げますが‥カウチソファを物理的に計測することができます。どなたかが今にも定規を手にカウチソファを測定し、私に寸法を告げ、何ゆえこれが同じ一つのカウチソファではないのか、と詰め寄られるかもしれません。

 

 ところが、あなた方の物理的体系では計測機器そのものが歪んでおり、そうした道具も自分の採寸結果に当然のように合意するのです。あなたがた全員が物体の置かれた状態や大きさに、テレパシーを通して合意しているのです。

 

 あなた方は自分たちの観念を、原子や分子のうえに換置させるという、一風変わったやり方で原子や分子を使っています。そして特定の流儀に従って、それらを知覚します。物質としての対象物は、「あなたがそれを固体であると信じているとき以外は固体でない」というのが真実なのです。

 

      

③ あなた方の科学者たちは、すでに哲学者たちが何世紀も前から知っていたことを、今になってようやく学び始めたところなのです。それは、思考が物質に影響を与えうるということ、つまり思考が創造して物質を形作っているという事実です。

 

 あなた方の物理的形態である肉体は、自身の思考、感情、解釈が物質的に具現化したものなのです。「内なる自己」すなわち<存在>あるいは「魂」は、まさに文字通り思考や感情を、それらに対応する物質的複製へと魔法のごとく変容させて肉体を創り上げます。体を成長させるのは、あなた自身にほかなりません。

 

 感情も思考も、それぞれがまったく独自の電磁的な現実を有します。そうした電磁的現実には、あなたに含まれる多様なエネルギー密度の領域に応じて、別の特定の現実と結び付けるような高度な仕組みが施されています。

 

 三次元的物体がどのようにして形に創り上げられるかは、ある意味では、あなた方のテレビの画面に像が結ばれるのとやや似た点がありますが、大きな違いも存在します。また、もしあなたがその特定の周波数に同調していなければ、物質的客体を知覚することはできません。

 

 あなた方はそれぞれが変圧器のような役目をしています。そして極めて精巧な電磁的まとまりを、知らず知らずのうちに、自動的に形ある物体に変換してしまうのです。あなたがたは「物質への集中凝縮が起きた体系」の真っただ中に在り、あなた方がおそらく「疑似物質」と称呼するであろうものが残存する、いわば集中密度の低い微弱な領域に取り囲まれた状態なのです。

 

 各々の思考や感情は、単純なあるいは複雑化した電磁的まとまりとして、自発的に存在しています。ところで、科学者たちは今まだこのことに気づいてはいません。

 

 思考や感情の顕在化である物質像の強さや永続性は、エネルギーの集中密度によって決まります。私の情報ではこの点を徹底して説明していますが、ここではただ、あなた方が知るところの世界が、内なる現実の反映であるということを理解していただければ充分です。

 

④ 我々はエネルギーが個別化し、物質界に具体化した部分だ。その目的はエネルギーから観念を創り出し、それを物として表現すること(観念によって構成されるということ)を学ぶことである。我々は観念を物体の中へと投影し、それを自分たちで扱えるようにする。だが、物体とは物質化した思考のことだ。

 

 こうして観念を物質化して表現することによって、考える“自分”と思考の違いを学ぶことができる。観念による構成は、自分が生み出したものを物質として示すことによって、自分が何であるのかを教えてくれる。

 

 言い換えれば、我々は自分自身が創造したものを眺めることによって学ぶのだ。観念を物質的現実に変換することによって、観念のもつエネルギーと効力を学び、創造的エネルギーを使うことにおける責任を学ぶのである。

 

      

※ 上記の情報は、『セスは語る ジェーン・ロバーツ著』及び『セス・マテリアル ジェーン・ロバーツ著』から引用したものです。驚くべきはこれらの情報が、50年以上も前の 1972年にチャネラーであるジェーン・ロバーツ氏を通して得られたという事実です。

 

※ 現在では、村松大輔氏の著書、『現象が一変する量子力学的パラレルワールドの法則』などにて、同様の内容が物理学者の視点から解かれ始めています。ようやく時代が追い付いたのでしょうね。

 

※ 『セスは語る ジェーン・ロバーツ著』を初め、セス・シリーズは邦訳されたものは3冊ですが、英語版は10冊出版されています。そしてジェーン・ロバーツに関するあらゆる記録(書簡、録音、映像記録、日記、詩、私生活や作家としてのキャリアに関わる書類)は、現在米国のイェール大学の図書館、スターリング・メモリアル・ライブラリにジェーン・ロバーツ・ペーパーズとして保管されており、最も閲覧者の多い資料の一つとなっています。

 

※ このような扱いを受けたチャネリング関連情報は、私の知るところ唯一無二です。あらゆるスピリチュアルおよび精神世界の書籍のなかで、断トツのSランクだと思います。シルバーバーチの霊訓ですら、霞んでしまい遠く及びません。日本人のチャネリング本は言わずもがなです。