『河合隼雄著 無意識の構造』 より

 

 われわれ人間は誰しも影をもっているが、それを認めることをできるだけ避けようとしている。影には個人的影と普遍的影とがある。前者はある個人にとって特有のもので、ひとつ例をあげると、控えめな人にとって、攻撃的なところはその人の影になっている。しかし、攻撃的な生き方をしている人にとっては、控えめなことがその人の影になるわけである。

 

 個人的影は人によって異なるが、普遍的影は、たとえば殺人のように、人類共通に有しているもので、悪の概念に近いものである。個人的影の存在を認め、それを自我に統合してゆくこともなかなかのことであるが、普遍的影となると、ほとんど不可能に近い。

 

     

 

 『穂乃子著 よひとやむみな』 より

 

 まずは、認めよ。自分の中に獣がおること、恐れがあること、攻撃心があること、憎しみがあること、悲しみがあること、怒りがあることをはっきりと認めよ。

 

 そして、正しき良き人間という隠れ蓑で生きておることを認めることぞ。理解することぞ。許すことぞ。抱き参らせることぞ。

 

 瞑想せよ。時間をかけよ。心からそれができるようになると、癒しが起こり、変容が起こるぞ。心深くにある怒り、憎しみ、破壊慾、恐れは、寛容、勇気、愛、慈悲に変容するのじゃ。するとそなたの中におる獣は鎮まる。安心して鎮まる。そのエネルギーは弱まっていく。

 

 そして怒りは、寛容に変わる。好奇心が起こり勇気が湧くぞ。攻撃心は、慈悲に変わるぞ。怒り、恐れの卒業じゃ。浄化とは、そのことぞ。

 

     

 

 

 『辻麻里子著 22を超えてゆけ・Ⅱ 6と7の架け橋』 より

 

 宇宙図書館の一区域である「氷の図書館」では、記憶が結晶化して、氷の柱を作っているのじゃ。凍りついた記憶を溶かすために、多くの旅人がここに立ち寄ったが、足を踏み入れたら最後、この氷の図書館から元の世界に帰還するのは、容易なことではないんじゃよ。

 

 なぜなら、凍りついた記憶を溶かすには、その対象と自分の心を同じ温度にしなければならないからじゃ。言い方を変えれば、凍りついた感情を自分のものとして取り込み、昇華の炎を使ってそれを焼き尽くさなければ、相手の凍りついた感情を溶かすことなどできないし、相手の心に影響され、支配されてしまえば、その相手と同じ温度になったまま、元には戻れなくなってしまうからじゃ。

 

 厳密に言えば、氷の図書館の領域では、自分と他者の区別はなく、すべては自分なのじゃ。自分自身の凍りついた記憶を溶かすことは、人類の集合意識にはびこる氷の塊りを溶かすことにもなる。凍りついた記憶をすべて溶かし、ひとつの海に還すことができたなら、人類の集合意識が浄化されたことになる。

 

     

 

 面白いことを教えてあげよう。ここは宇宙図書館の地下、いわば、海底に沈んだ太陽の国でもあるのじゃ。おまえが言う、三層構造に当てはめてみれば、ここは、ハチュウルイの脳であり、一番下の海底にある氷の図書館は潜在意識。そう、凍りついた集合意識でもあるのじゃ。真ん中のエリアは個人的な感情や情熱に由来し、そして、一番上が、すべてを超えた超越意識の領域なのじゃ。

 

 なぜ、三層になっているかわかるかな?二つの世界に橋を架けるには、その狭間に感情が流れている必要がある。凍りついた集合意識と、すべてを超えた超越意識をつなぐには、個人的な心情、情熱と呼ばれる感情が必要なのじゃ。

 

 宇宙図書館のエリア#6と7の狭間に深い溝があるのは、エリア#1から6までの感情と、エリア#7から12までの感情が分離して存在し、引き裂かれた感情が別々のものになって、調和を失っておるからじゃ。

 

 1万3,000年前から地球人類は二極性を体験しておる。そのゆがみに落ち込んだ感情は、混沌とした地底で渦を巻き、龍の姿になっておるのじゃ。二匹の龍とは、引き裂かれた心が創り出した幻影であり、この二つを一つに束ね、元の姿に戻した時、エリア#6と7の間の溝が修復されるのじゃ。

 

 もともと一つだった心が二つに引き裂かれ、断層に落ち込んだ感情は、長い年月を経て凍りついてしまったのじゃ。人類の集合意識に眠る、凍りついた感情を溶かしてからでないと、おまえは、その先の光の世界へは行かれまい。地底に眠る二匹の龍とは、光と闇、善と悪、聖と俗などの、さまざまな二元性を一つに束ねて、それを超えてゆくことを暗示しておるのじゃ。

 

      

 

 不思議なことに、氷の柱が一本溶けることによって、まわりの柱までもが連鎖反応のように溶け始めていた。凍りついた記憶は光に変わり、残ったエッセンスは、惑星全体の宝として記憶の海へと流れ込む。記憶とは広大な海のようなものなのかもしれない。

 

 さあ、凍りついた記憶を溶かし、光へと昇華させよう。今まで超えられなかったものが一つ解決すれば、それと同じパターンのものは自動的に解凍されるのじゃ。記憶の仕組みとはそういうものじゃ。おまえはこれから、個人的な記憶、過去世の記憶、そして人類の集合意識に眠る記憶を溶かすことになる。

 

     

 

 なんで、この柱は光に還らないのだろう?なかには、頑固な記憶もあるのじゃ。ぜひ憶えておいてほしいことがある。頑固さは命取りにもなるということを。

 

 置き去りにされた悲しみという感情の中にも、いくつか種類があるのじゃ。

 

 相手にはどうしても避けられない事情があって、約束を守れなかったとわかっても、親、兄弟、そして恋人や異性の場合は、そう簡単に諦めることができない。なぜだかわかるかね?その想いは心の深いところに入り込み、見えない部分を暴いてくれる。なぜなら、心の深いところまで入り込むことを、自分自身が許すからじゃ。

 

 たとえ、3次元では別れ別れになったとしても、深い絆でつながっていたとしたら、どんなことが起きようと、決して分かつことはできないじゃろう。それは、この一回の人生だけではなく、幾多の転生を経ても、時間さえもその絆を分かつことなどできやしないのじゃ。

 

 それでも、苦悩に浸ることが好きならば、いくらでも浸っていればいい。それは個人の自由なのだよ。哀しみを充分味わい尽くしたら、あとはその感情を手放すことじゃ。まわりには光があふれていることを思い出し、自らが輝き出せば、そんなことは些細なことだったと、自分を笑い飛ばすことができるじゃろう。キーワードは、『自分を笑え』なのじゃよ。