後ろを振り返る その3
そこは吉祥寺にある鍼灸院でした(*^▽^*)
当時住んでいたアパートから歩いて5分くらいの所だった
でしょうか
そこでの治療ははり灸が30分、マッサージが30分の
合計60分くらいで料金は5,250円でした。
最初どのような治療だったかは忘れてしまいましたが(;^_^A
唯言えることは、1回で辛かった腰痛が消えたという
現実でした。
元々肩こりや慢性の疲れもあったこともあり、
その後も隔週でその治療院に通うことになりました(°∀°)b
深酒した翌日は生姜のお灸をしてもらったり、
花粉症の時も治療してもらい、更にお家でお灸する場所も
教えてもらって実践したりと、考えてみたら色々とやってもらった
記憶があります。
その後、現在住む清瀬に引っ越してからも、
隔週のペースは崩さずに吉祥寺まで通っておりました。
ここへは、担当だった先生が治療院を辞めるまで通って
おりました。
それは、偶然にも会社の退職と鍼灸学校の合格時期と重なりました。
私が鍼灸学校を受けるといった時、
「鍼灸師になると思っていましたよ」
という先生の言葉が今も印象に残っています。
その一方で、会社のほうでは組織やトップが毎年慌しく変わり、
私自身も何の仕事をしているのか分からない状態になって
おりました。
当時の私の中に一番渦巻いていたものは、
「自分は何も出来ない駄目な人間なんだ」
という強烈な劣等感だけでした。
自分の机にいたたまれなくなると、
トイレの個室で一人うずくまっていたこともありました。
自分が自分でなかった、とても苦しい時期でした。
そんな日々の中、
いつものように通勤電車に揺られていると、
車窓から一つの看板が目に入ってきました。
それは、その後3年間通うことになる鍼灸学校の看板でした。
私はその名前を覚えておくと、
帰宅後ネットで検索してみました。
そして、鍼灸学校のホームページを見つけ、
その中に学校説明会の案内を見つけ、
私は「とりあえず」説明会参加のメールを送りました。
当時、鍼灸といっても接点は唯一通っている鍼灸院1ヶ所のみ。
そういう学校の存在自体そこで初めて知ったくらいでした。
唯、そこの校長先生のお話を聞いていると、
とても引き込まれるものがありました。
正直、校長先生という方の話で、飽きずに最後まで聞けたのは、
生まれて初めてでした:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
その後、数回説明会に通い、
気づいたら受験願書を提出しておりました。
合わせて会社の退職願も提出しておりました。
そして、受験し何とか合格させてもらいました。
しかし、合格発表の1週間後が退職日。
もし不合格だったらどうだったのか
考えてみたら我ながら
物凄い人生設計(その前からそうでしたが
)
ですね(^^ゞ
あの合格通知が届いたときは、地に足が着いていない
感じだったのを覚えています。
と、学校に入るまでのいきさつが約1年ほど。
そして、3年間学校に通い、
国家試験も無事通り、
今の治療院に至る訳ですo(^▽^)o
今まで自分は何をしたら良いのだろうか?
と、日々自問自答し、その度にもがき苦しんできた中で、
ふと訪れた転機。
それは短期間に起こった偶然だけでなく、
やはりここに行き着くまでの今までの過程が、
この道を指していたのかもしれません。
それは、患者さんと話している中で、
今までの経験が少なからず患者さんに対しての
共感と理解につながっていて、
突然出くわした様々な出来事も、
過去の引き出しから何とかなることがあったからです。
『時間が全てを解決してくれる』
人によっては、それは長く感じるかもしれませんし、
あっという間の出来事かもしれません。
時間はとても寛容に私達の成長を見守ってくれている。
このことへの感謝を忘れずに、
時間の終着駅まで、尽くして行こうと思います。
〈おわり〉
ここに至る3回のお話でしたが、
稚拙かつ乱筆乱文の中、
私事のたわいない話についてきていただき、
ありがとうございました(。-人-。)
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