閑話休題77
こんにちは(‐^▽^‐)
ほうしゅんどうの西山です(。-人-。)イツモカンシャ
お寺さんから頂いた日めくりカレンダーに
「我他彼此(がたひし)」という言葉と共に、
「思い通りにならなくて当たり前」
という一文がありました(・ω・)/
電子辞書のスーパー大辞林で調べてみますと、
仏教用語で、
我と他と、彼と此れとを対立的に見ること。
個物を個物としてのみ把握して、根源的な
万物の同一性を見失っていること。
我他彼此の見
とありました(;^_^Aワカラン
またインターネットのデジタル大辞林では、
仏語。
自分と他人、あれとこれと、物事が対立して決着しないこと。
とありました(^^ゞコレナラワカルカナ
個人尊重、個人主義という言葉が
世の中に出始めてから、
どうもあちこちでぶつかることが多く
なってきているように思います。
いざという時に「我を通す」ことも
あるかとは思いますが、
やはりその時であっても、
「私あっての他人」ということも
片隅に入れて
角を取ってから表に出した方が、
自分も相手も丸く収まるのでは
ないでしょうか。
今の世の中、
「円滑な人の和」というものが
消えたと同時に、
この「我他彼此」というものが、
やたらと目に付くようになって
きたように思います。
また戸や障子の立て付けが悪くて
開け閉めの際に音がする時に使う
「ガタピシ」「ガタガタ」とかは、
「我他彼此」「我他我他」という
風に当てはめてみますと、
何となくイメージできたりします。
何も80年そこそこの人生。
闇雲にガタガタ音を立てて
生きることもないと思うのですが、
皆さんは如何でしょうか(^-^)/
はりとお灸の豐春堂ホームページ
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