ベトナムの国民的英雄と言えば、ホー・チ・ミン氏である。20代そこそこで祖国を離れて世界各地を転々としながら客地で30年民族解放運動を主導する。帰国して当時の宗主国だった大日本帝国と対峙し、日本が崩壊した際にベトナム民主共和国を建国したという。30年という途方もない期間、フランスの圧制に対して祖国独立の夢を追い続けたことに頭が下がる。ホー・チ・ミン廟には長蛇の列だった。
そしてホー・チ・ミン氏に見出され、フランス、アメリカという軍事大国に勝利した立役者が、ヴォー・グエン・ザップ将軍だった。幼少時に、独立運動に関わった罪で父は獄死、姉は出獄後まもなく死亡。インドシナ共産党が禁止され、ザップは中国に亡命するが、妻と従姉妹は逮捕され獄死。フランス植民地政府がどれほど独裁的で人種差別から虐殺を重ねてきたかが分かる。
ザップ将軍はゲリラ戦に長け、1954年のディエンビエンフーの戦いでは、アメリカの武器援助を受けた13千人のフランス兵を、ゲリラによって補給路を断つ戦術で敗退させた。ベトナム戦争でも、ジャングルでのゲリラ戦や、全長200km以上にも及ぶ地下トンネル網を展開し、巧妙な落とし穴や殺傷力ある竹の罠などローテクで米軍を心理的にも苦しめた。
圧倒的な軍事力に対し、日本軍のように同じ土俵で戦ったら勝ち目はない。しかしザップ将軍は地の利と人心を踏まえて違うゲームで臨んだ。チェスを挑んだら神経衰弱で応じた感じである。一方のマクナマラ率いる米軍本部は、ベトナム兵の戦死者数に基づいて作戦を最適化して動機づけを与えたが、現場では民間人死傷者も含めて報告したため、作戦も狂ったと言う。それが「動くものはすべて敵」とソンミ村虐殺に繋がる。米兵もPTSDに苦しむ。
タンロン城遺跡内地下壕の地上には、ベトナム戦争終戦時の写真が展示されていた。一般市民から将軍らまで心から嬉しそうな表情が印象的だった。植民地支配から独立を勝ち得て、超大国の侵略にも打ち勝った。ベトナムの人々の誇りであり、ホー・チ・ミンやヴォー・グエン・ザップはその象徴になっていた。日本が真の独立を果たすには、としみじみ考えさせられる。