老人ホームは、管理しやすさによって暮らす自由が失われた建築類型である。併設された病院も、医師や看護士たちの医療行為が、最も効率的で患者を管理するための建築類型である。伝統的な学校も教室は担任が管理し、逸脱は廊下で一望監視できる空間構成である。大規模マンションも同様である。その元は、フーコー「監獄の誕生」に示されるように、一望監視システムである監獄モデルだった。これに対し、江戸時代の役所・役宅である髙山陣屋は、建屋は雁行配置で内庭・外庭に幾方向にも開かれ、緊張と緩和とがバランスしていた。フィジカル管理ではなく、メンタル管理が主の建築類型もある。
近現代の街区構成も管理しやすさに傾いている。幹線道路で街区を仕切り、街区内も幅4m以上の生活道路を縦横に通す。不審者は路上に露わになって職務質問を受けることになる。パリ大改造がこの先駆例で、反政府集団が街区内に潜伏しにくい、大規模な暴動も道路に出るので軍隊で頻圧できる、という目的だった。一方、江戸の街区構造は、両側町に横丁、裏通りが入り込む構成で隠し事もしやすそうだ。神楽坂にかくれんぼ横丁があるが、これは「お忍びで遊びに来た人を後ろからつけて来ても、横に入られるとわからなくなる」が由来だそうだ。
経済諸制度も、管理しやすさ、安定が主のように思われる。産業毎に区切り、許認可や補助金等を手段に監督官庁が管理する。過当競争を防ぎ、安定供給をはかる。典型的なのは電力業界で、昭和初期には約850社があったが、戦時体制のエネルギー安定供給を理由に地域独占の8社になる。国際相場の数倍の電気料金が認められ、一方、代替エネルギーも送配電網の利用で不利になり、原発関連には累計3兆円以上の補助金が投じられる。電機、自動車、金融、運輸、旅行・宿泊、農業、医療、福祉、教育など多くの分野がこうした管理しやすさ、安定を基本に制度が作られて運用されている。監獄の拡張である。
問題は、管理しやすさ、安定を求めたシステムは、イノベーション、特に分野横断的なイノベーションを阻む。また長期安定になると、制度や組織にビューロクラシーやレントシーキングが蔓延して、全体に生産性が失われていく。結局、静的な安定を求めると縮小均衡に陥る。もともと経済社会はダイナミックに成長から相転移を繰り返すもので、制度とはこれが過剰同期で破綻や集中、人権侵害にならないように動的に工夫するものである。自転車が倒れないようにと補助輪や自動装置をつけるのではなく、走ってハンドルを細かく振ることで安定するように。監獄よりかくれんぼ横丁の方がいいな。