感傷にひたる窓拭きタイム

旧居の引き渡しを翌日に控えた日曜日。ついに「最後の掃除」に取りかかることになりました。荷物はすでにすべて運び出し済み。がらんとした部屋に掃除機の音が響くたび、なんともいえない感情が胸にわいてきます。
あぁ、この窓辺で何度も天気を眺めたな。あの床にカーペットを敷いて、冬はぬくぬく過ごしたっけ。そんな思い出がよみがえってくるたびに、手が止まってしまう。
窓ガラスを拭きながら、住み始めた頃のことを思い出す。あのときは、まだ家具も少なくて、広く感じていたんだよなぁ。そこから少しずつ物が増えて、賑やかになって、気づけばあっという間に年月が経っていた。

スミ妻も無言で床を拭きながら、時々「ここ、傷つけちゃったね」とか「ここに棚あったよね」とぽつり。二人で黙々と掃除をしていると、まるで過去を一つずつ拭き取っているような気分。
「この床のツヤ、戻ってきたね」と笑うスミ妻の声に、ちょっとだけ目頭が熱くなりました。そうだね、きれいにして返してあげよう。ありがとう、今まで。

しかし、ドラマは突然に

そんな感傷的なムードを一瞬で吹き飛ばす事件が発生。
「ポツッ」
「……ん?」
続いて「パラパラパラパラパラ!」

……そう、まさかの通り雨です。
よりによって、窓を開け放っていた全方位から雨が吹き込む。
「あぁーー!!」
さっきまでピカピカに磨いた窓ガラスが、一瞬で水滴だらけ。床もじわじわ濡れていく。慌てて雑巾で拭く私。スミ妻は笑いながら「いや、泣いてるみたいになってるねこの部屋!」とツッコミ。

なんかもう、感傷とかじゃなくてバタバタの戦場。
開けていた窓を閉めようとするけど、さっき拭いたところが滑って手が届かない。「ちょっと!脚立どこ!?」
「あ、もう濡れてるよそこ!」
「もういい、心で拭いたことにしよう!」
最初の“別れの儀式”は、まさかの“防水作業”へと変貌を遂げました。

雨上がりのエピローグ

小一時間の格闘の末、雨は止み、室内の被害も最小限。改めて床を拭き直し、窓を閉め、静けさが戻る。
びしょ濡れの雑巾をしぼりながら、私たちは笑いました。
「最後の最後までドタバタだったね」
「うん、でもなんか私たちらしいかも」

気づけば、窓の外には薄い虹。まるで「まぁ、よく頑張ったね」と言われているようで、少しうれしくなりました。
感傷にひたる間もなく、笑いながら終えた最後の掃除。
こうして、スミ家の“旧居物語”は雨とともに幕を閉じたのでした。