毎回のことだが、家を引渡しする前は慌ただしくなる。

真心建築では、引渡しをするには、残金をすべて支払ってもらった後でないと引き渡すことができない。この支払いをしてもらうための手続きがなかなかに大変なのだ。

そもそも注文住宅の場合、お客様がお金を支払うタイミングがかなり特殊なのだ。


まず一般的には契約時に契約金として建物金額の約5~10%の金額をいただく。

2000万円の家なら、100~200万円の契約金となる。

そして建築する直前に、建物金額の1/3の金額である約670万円はいただいていないと建築に着手することができない。

建築前までには契約金と合わせて約670万円は最低限いただくことになる。

仮にいただけなかった場合は、着工することができないため、場合によっては数ヶ月も先に着工が延びてしまう。

その後建築が進み、屋根ができる上棟時に、建物金額の1/3の金額に当たる約670万程いただき、引渡し時に残金の1/3をいただくのだ。

要するに契約時、建築前、上棟時、引渡し時と4回にもわたって、支払いがあるということだ。


これが建売住宅のように、完成した家の支払いであれば、契約金と引渡し時の時だけなのだが、注文住宅はかなり面倒なのだ。



営業は支払い期日の前までに、それぞれの手続きを終わらせなければならないため、着工前や引渡し前にはかなりドタバタする。


特に引渡し前は住宅ローンと登記の手続きをしなければならないため、バタバタ忙しかった。

住宅ローンを利用しているお客様の場合、引渡しの期日までにローンが実行されなければならない。

銀行にローンを実行してもらうには、その建物がすでに完成されていて、住所も移しておかなければならない。銀行員が現地まで調べに行くわけではないため、書類として住民票が必要であり、建物の表題登記というものもしておかなければならなかった。

ただこれは、はっきり言って不可能だった。建物の表題登記は引渡しをした後でないと申請できないのだが、ここで矛盾が生じる。

①引渡しは残金全額の支払いが必要。
②残金の支払いにはローン実行が必要。
③ローン実行には、建物の表題登記が必要。
④表題登記には引渡しが必要。

ここで、また①に戻る。近藤は初めての引渡しのとき、ここの理解がなかなかできず、先輩によく質問していた。

その時の先輩の答えは、「つないじゃえばいいんだよ。」ということだった。

つなき融資というものが存在するのだ。このつなぎ融資を使えば、引渡しまでに資金を用意することができる。

だから引渡し前には、つなぎ融資の実行の手続きをすすめる必要がある。同時に表題登記手続きを進めつつ、銀行に住宅ローンの本申込みをし、住宅ローンの実行までの段取りをする。

つなぎ融資で支払いが完了したと同時に引渡しも可能となる。


引渡しの件数が少なく、まだ不慣れな手続きが多かった近藤は、引渡し間近になると神経をすり減らしていた。とにかくやらなければならない事務手続きが盛りだくさんで、同じ月に連続で引渡しがあると、生きた心地がしないぐらいに不安だった。

ただこうして忙しく仕事をしていると、嫌なことを忘れられる。これからこの会社を辞めてからどうするのか。

近藤がやめなければならない期日は決まっている。

この会社では、成績は半年区切りでみていく。半年間、会社の規定を満たす成績を上げなければ給料が減らされる。月給はおおよそ5、6万は手取りで減ってしまう。1年間、要するに2回連続で成績が悪いものはアウトだ。

アウトというのは、クビになるわけではない。今の時代、会社も簡単にクビにすることはできない。ただクビにしたくてたまらないため、減給以外にも、展示場での接客の回数を減らしたり、なかなかの嫌がらせを会社としてやってくるのだ。成績の悪い奴は接客するなということだ。

ただ近藤はエリアが移動になった時点で、もう辞めるつもりでいたので、接客の機会が減ることは、むしろありがたかった。

1月~6月期の成績ですでに会社の規定に対して未達成だった近藤は、7~12月期も全く成績を上げていない。残り1ヶ月である。言い換えれば後1ヶ月経てば、会社ではお荷物扱いになるのだ。

できれば、退職前に今後の道筋を見つけておきたいところだが、今のところどうすればいいのか、近藤には全く先が見えていなかった。