大阪にあって、東京にないものは?
というお題があったとして、わたしが真っ先に思いつくのは、「新地」と呼ばれる地域です。

日本最大の遊郭地帯・飛田新地はご存知の方も多かろうと思いますが、大阪には他にもいくつか、新地と呼ばれる色街があり、今も稼働しています。
飛田のほかには、松島、今里、信太山、滝井、そして兵庫と云いつつもほぼ大阪文化圏である尼崎のかんなみ、という新地があります(北新地ってのもありますが、ここは大阪の銀座みたいなもので、ちょっと別ジャンルですね)。
わたしが新地の存在を知ったのは、高校を卒業したばかりの頃だったでしょうか。友人(女)がどこからかそんな話を仕入れてきて、好奇心を抑えきれなくなったわれわれは、わざわざ男に変装して(と云っても、すっぴん、野球帽に眼鏡程度)、車で出かけて行きました。
車中から覗いての、時間にしたらおそらく15分くらいの探索だったので記憶の映像はかなりおぼろげですが、「松島料理組合」というアーケードの表示、古い割烹のような風情の日本家屋がずらりと並ぶレトロな景観、さらにはその玄関先がことごとく赤やピンクの照明に彩られ、その中には人形のように鎮座している女の子がいて…明らかに異界に足を踏み入れている、という印象は強烈でした。
ちょっと頑張って車の窓を開けると、家の玄関にいるおばちゃんにいきなり「にいちゃん!」と声をかけられてビビりました(苦笑)。男装はそれなりに功を奏していたようです。

その後、今に至るまで松島を再訪したことはなく、次に訪れたのは飛田でした。
最初はおそらく、通天閣周辺の観光の延長でした。あのあたりは、片方しか売っていない靴や、異様に安いドヤ(宿)に食堂、青空カラオケにスマートボール、やけに高く作られている西成警察署の門…など、外国に来たかのようなカルチャーショックを受けられるエリアで、よく"大人の社会見学”と称しては散策に出かけたものでした。その流れでしぜんに(?)飛田にも足を踏み入れたものと思われます。
飛田も松島と同様に「料理組合」の看板を掲げています。松島よりも大規模に古い日本家屋が通りを埋め尽くすさまは壮観で、いかがわしいはずのピンクの照明も風情を醸し出しまくっており、何も知らない外国人なら京都観光のノリで何枚でも写真を撮ってしまいそうです。日本人であるわれわれは、さすがに恐ろしくてカメラなど取り出すことすら憚られますが…。
何しろ、道ばたで覚醒剤が売られているという都市伝説さえある場所です。最もこれは伝説ではなかったようで、何度目かの散策で同行した友人は目撃したと云っておりました(注意力散漫なわたしはスルーしてしまいましたが…)。
そんなわけで、散策にはあくまでもただの通行人としての平静さ・無関心さが求められますが、新地の端っこには昔の遊郭の建物を改装した普通の料亭「鯛よし 百番」があって、ここで食事をするだけなら女性でも怪しまれず新地の空気をほのかに嗅ぐことができます。

この「料理組合」と「玄関先のおばちゃん」と「赤・ピンクの照明」は、新地の様式美とでもいうべき特徴です。
最も謎めいている「料理組合」については、新地は「あくまでも料理屋で、たまたま知り合った男女が恋愛の末コトに及んだだけ」という理屈で成り立っているのだそうです。ゆえに、表向きは「料理屋街」なのですね。
そう云えば、中国の阿里という街でも、似たような風俗街がありましたっけ。昼間は床屋なんですが、夜になると玄関先がピンク色に染まるという…。同じ理屈なのでしょうかね。

それからかなりの時が経って、数年前、アニマル柄の洋服を探しに千林商店街に行った際、一瞬だけ滝井新地に足を踏み入れました。
大阪の新地の中で最もマニアックと思われる滝井は、現在は数軒しかないようで、実家の周辺とさして変わらぬ住宅地のなかに紛れ込むように存在しています。ある程度、検索で当たりをつけて行ったとは思いますが、飛田や松島のように「ここなんか雰囲気違う…」的な分かりやすさは皆無で、角を曲がっていきなり出くわした!という印象でした。例の料亭様式に、玄関から覗く赤い照明。このセットで、分かる人には分かるけど…という感じ。

DSC_0081 1枚だけ写真が残っていました。

そして先日のGW、久しぶりに新地スタンプラリーを更新しました。尼崎のかんなみ新地です。
思えば、尼崎という街とは、これまでまったく無縁に生きてきました。梅田から急行で約10分という近さではありますが、わざわざ遊びに行く場所でもなく、数年前に起きた尼崎事件の際、事件マニアの友達に「尼崎ってどんな街なの?」と尋ねられて、そういえば関西育ちなのに行ったことが無いな…と、軽く驚いたのでした。
尼崎は、わたしがまだ学生の頃、まことしやかに噂されていた「関西三大危険都市」の筆頭格で、もう1つは山科、そして不名誉にも、最後の1つはわが地元だったりしたのですが(苦笑)、最近その話を地元の友人にすると「いや、どう考えても隣のK市のほうがやばい」という答えが返ってきました。噂の真偽はともかく、尼崎にはそのようなイメージがあり、事件の報道を聞いた時は「やっぱ尼崎って危ない街なんやな…」と思ったものでした。しかし、それと同時に、尼崎の街の雰囲気って、実際どんなもんなんだろう…?と、興味がむくむくと沸き起こったのも事実でして、今回の帰省にてその思いを遂げるべく、街を歩いてみることにしたのです。どちらかというと、事件の起きた杭瀬をメインに歩いたのですが、今回はその話は割愛します。
というところで、前置きが長くなりましたが、かんなみ新地は、阪神尼崎駅前から続く大きな商店街を抜けたところにあります。
普通の住宅街に忽然と現れるので、心の準備ができておらず、軽く動揺してしまいました。ちょっと滝井新地を思い出しますが、滝井がもっと、住宅街の片隅にひっそりと在るのに対して、かんなみは、ザ・生活通路といった感じの人通りの多い場所に、昔の文化住宅を思わせるような2階建ての長屋が、ある一角にひしめき合っているのです。建物の大きさに対して室外機がやたらと多いのが、異彩を放っていました。部屋の数だけ室外機があるのでしょうが、だとすると、どんだけ狭い部屋なのか…。
目と鼻の先には小学校があり、まあ吉原だってホテル街のど真ん中に公園があるくらいですから別に驚くことでもないのですが、なんというか、下町の日常に普通に存在している感じがどうにも見慣れない光景で、軽く混乱をきたします。
飛田などと比べると、建物が狭小のため、女の子がけっこう間近に見えます。横目で見るに、化粧濃いめのギャルっぽい娘が多いですが、かわいさはなかなかハイレベルです。新地名物(?)玄関先のおばちゃんもちゃんといらっしゃいます。

 P5064758 決死の覚悟で(?)撮った遠景。

わりといつも、帰省しても梅田や心斎橋で漫然と買い物していることが多いのですが、次回は、残りの新地(今里・信太山)を制覇しようかな…とまた、あまり人から共感されなさそうな野望を抱いております。
そんなに新地が気になるなら、いっぺん働いて来いや!と叱責されそうですが、別に新地に限ったことではなく、行きにくい場所、異世界ほど気になるという旅人的法則(?)が働いているまでのことです。単純に、しらない街に行ってみたい気持ちの延長であり、ただし小心者ゆえ、ちら見だけで終わりたいわけです。化け物のような野次馬根性ですみません。。。
男の人は、お金を払えば入れるからぶっちゃけちょっと羨ましいです。女の人だと、働く以外は完全に部外者ですからね…でも、働くにはなかなかハードルが高いよね…。
余談ですが、ネット検索してたどり着いたどなたかのレポートに「新地の近くには必ず「スーパー玉出」がある」と書いてあって、確かに!と思いました。松島に関しては記憶の彼方だけど、他はみんなそうだったかも?

DSC_0080 今回は写真が少ないので、玉出さんにもご登場いただきました。

わたしは、地元ということでの贔屓以外の気持ちで大阪を特別視することはあまりなく、周囲からの強固な“大阪のイメージ"に戸惑うこともしばしばです(いちばん困るのは、大阪人はみんな面白い・明るいというイメージです!)。
しかし、今回の帰省でふと思ったのは、大阪って、独特のいかがわしさがあるなあ…ということでした。新地があるから、という単純な理由だけでなく、もっと街全体が持っている何かに対してそう思う。決して、けなしているわけではありませんから!(笑)
なんとなく、闇の濃さを感じさせるっていうんでしょうか。地元の方はそうでもないのですが、大阪市内なんかは、ふらふら歩いていると、ふと異界に迷い込みそうな感覚に囚われますし、街なかの雑居ビルを見ると、妖の小宇宙が広がっているんじゃないのかと思って胸がざわざわします。
高村薫の『李歐』や東野圭吾の『白夜行』で描かれる30~40年くらい前の大阪には特に、ある種の隠微さ・或いは淫靡さが漂っていて、当時の風景が残っているような雰囲気の場所に出くわすと、萌えに近いような興奮を覚えます。その妖しさの根拠をいったいどこに求めたらいいのか分からないのですけど、昔から部落や在日の問題を抱えているという背景がそうさせるのか、外から来た人には日本というよりアジアっぽいと感じられるらしい雰囲気のせいなのか、大都市のわりに奇妙に土着臭が色濃いのか…など、推測は尽きません。
まあこれも勝手な“大阪のイメージ"ですけどね…。色気を愛するわたくしとしては、このへん、もう少し探ってみたいところです。また大阪に帰ったら、異界を求めて街をさまよい歩きたいと思います。