長崎で1週間もあれば余裕でしょ、という目算とは裏腹に、いざ予定を組んでみると、けっこうギチギチに詰まってしまいました。
まあ1週間と云ったって、初日は午後出発で移動のみですから使える日は6日間。本当は、五島も小値賀島、野崎島まで行きたかったのですが、とても時間が足りません。
でも普通、国内旅行ってのはみんな2泊3日とかでサクっと片付けるものなんですよね? わたしだけ時空が歪んでいるんでしょうか。。。


朝イチのジェットフォイルで(7:40発)で、長崎から五島列島の福江島へ渡りました。所要1時間20分。平日のため、通勤らしき男性の姿もちらほら見かけます。
観光案内所では束のような案内パンフレットが用意されていてちょっと驚きました。何しろ来るまでは、ガイドブックにも大した情報が載っていなかったのです。やっぱり来てみないと分からないことというのはありますね。
宿も予約していなかったので、パンフレットからリストアップして電話をかけ、空き状況を尋ねます。我ながら段取り悪っ! と思うのですが、例えゴールデンウィークであっても予約をしたくない悪癖が治りません。やることはガンガン詰め込むくせに、予定が決まっていることに不自由さを感じるなんて、論理的破たんも甚だしいのですが…。
友人が、ジェットフォイル内のテレビで宣伝していた福江のリゾートホテル「五島コンカナ王国」に泊まりたいというので、今日は1泊2500円の民宿、明日をコンカナ王国と決めました。天気予報によると、どうやら明日は1日中雨。であれば、いいホテルでゆっくり過ごした方が得策であろうという判断です。
これが完全に裏目に出るなんて、このときはまだ気づくはずもなく…。


福江島はレンタカーを借りて、反時計回りに1周するのがメジャーな観光ルートです。路線バスというテもなくはないのですが、よほどうまく計算しないと帰って来られない可能性が高いのです。
友人は完全なるペーパードライバーのため、運転はわたくしめが…っても、車の運転は年に5日程度。ペーパードライバーには違いありませんが、ドライブルートは、島の外周をぐるっと1周する感じなので、まあバカでも運転できるレベルではあります。
ものの本(つうか「るるぶ」だ)によると、五島では電気自動車のレンタカーを導入しており、料金的にもガソリン車より少しばかり安かったので、そちらを借りることにしました。


目指すは堂崎教会。五島の教会は全部で51もありますが、いちばん大きな福江島は、実はそれほど多くの教会を持っていません。その中で外せないのがこの教会です。
五島カトリック教会群の中心的存在であり、堂々たる赤レンガ造りの五島最古の教会ですが、世界遺産暫定リストからは残念ながら外れてしまったようで…。
境内に入るといきなり目に入るのは、長崎二十六聖人の一人である聖五島ヨハネの殉教像。すでに鉛色一色と化した曇天(泣)の下、十字架に繋がれ虚空を仰ぐ像を見ると、人気のなさも相まって一瞬ギョッとします。
壮麗なゴシック様式の教会内部は、現在は資料館になっています。
目を引くのは、信徒たちの持っていたオラショの書物やマリア観音。特に、「でうす」「さんまるこ」「どみにく」などとひらがなで、つたない幼児言葉の如く綴られたオラショからは、深い念が立ち上ってくるようです。
教会に至る小道には、おしゃれなアイスクリーム店やマドレーヌのお店が看板を出していましたが、残念ながらお休みでした。移住してきた人たちなのかな…?



放浪乙女えくすとら 赤レンガだけど屋根は瓦。


放浪乙女えくすとら-fukue024 妙に臨場感のある、聖ヨハネ五島殉教像。


慣れない運転ということもあり、セオリーどおりのルートを進みます。次は水の浦教会。
基本的にナビに従っているのですが、早速ナビとの意志の疎通に齟齬が出、幹線道路ではなく軽自動車しか入れないような狭い山道に突入することになってしまいました。対向車が来た時は「終わった…」と思ったわ。
ナビは近道を優先するので仕方ないとはいえ、後でレンタカー屋のおばさんに聞いたところ、そこは走らない方がいいルートだったようです。やっぱ初めての土地のドライブは怖い…。


水の浦教会は、ウエハースをイメージさせるような白亜の木造教会です。堂崎教会よりも内部は広く、パステルカラーで統一され、上品でやわらかい雰囲気。別にキリスト教徒じゃなくても、座っているだけでヒーリングされているような感覚を覚えます。
裏手の丘には、キリストの受難の14留が刻まれた白い十字架と墓碑が立ち並び、その脇にはキリシタンが閉じ込められた牢屋の跡地があります。
友人は怖いと云って近寄りませんでしたが、わたしはあいにくそういった霊感がまったくありません。
この“霊的能力の無さ”というのは、日常生活に支障はないのですけど、いざという時に危機感を抱けなかったり、勘が働かなかったりするのではないか? という不安をしばしば抱いてしまいます。ほんと、不思議な世界にまるで縁がないもので、人として劣等なのではないかと思うことさえあります。


放浪乙女えくすとら-fukue097 水の浦教会。


牢屋跡地に入ったせいではないでしょうが、その後、いよいよ雨が降り出し、昼食を取るために寄った道の駅で、決定的なほどの本降りに変わりました。
しかも、道の駅にたどり着いた時間が少々遅かったため、レストランが閉まっているという悲劇まで…。
まあしょうがない、と諦めてご当地ソフトクリームを食べるわたしの横で、友人の落胆ぶりは尋常ではありませんでした。友人曰く「たいへん燃費が悪い体質」なのだそうです…。
でも、聞けば近くに他に飲食店もないというので、そのまま進むほかなく、何とこの土砂降りの中、目指すは高浜海水浴場…! 何をしに行くんでしょうか!?


海水浴場には屋根があるので、雨に濡れはしませんが、日本でいちばん美しいといわれるビーチは無残にもぬかるみ、海は曇天と混じり合いそうに霞んでいました。
空の青を反射してこその青い海だとすると、この天気では到底それは望めません。それでも、この天候のわりに海の色は薄いクリアブルーを保っていて、ああ、美しいものはどんな酷い状況下にあっても完全には損なわれないのだなあ、なんて殊勝なことを思いました。ああでも! それゆえにここは万全の天気で来たかった。五島に来るつもりのなかった友人に、美しい海を見て喜んでほしかった…。
海水浴場の管理人のおじさんに気の毒がられつつ、さらに先へと進みます。もはや、後戻りはできない距離まで走ってしまっていました。


放浪乙女えくすとら-fukue130 蜃気楼のように見える海。。。


道の駅からこっち、島の西側に突入すると、いよいよ人家を見つけることも難しくなりました。
この天候でなければ、そのミニマルな風景も爽快に思えたのでしょうが、何もないことがただただ不気味さを増長するばかりです。
雨は一時的に弱まることすらなく、盛大に降り続けました。
車内にいれば、濡れるわけじゃない。それでも知らず知らずのうちに溜まる疲労を拭うことができません。加えて、友人が空腹を訴えて死にかけています…。
友人の痛い恋愛の昔話を掘り返したり、スマホで急にperfumeを流したりと、雰囲気が沈みこまないように努めても、疲労はしんしんと車内に降り積もるばかり…。


やっぱわたしって雨女なのかな…。
そうだとしても、天気に左右される自分の弱い心がつくづく恨めしい。日頃の行いが悪いから…なんて陳腐なことを今さら思いたくもないけれど、こうまで雨に降られるなんてやっぱり何かあるのかと勘繰ってしまう。
途中の足湯スポット(荒川温泉)の周辺が小さな集落になっていたので、そこで飲食店を探します。何とか見つけた食堂は、「準備中」の札がかかっていましたが、友人は果敢にも(?)乗り込み、大将に頼んでちゃんぽんを作ってもらうことができました。



放浪乙女えくすとら-fukue147 豪雨の中、とりあえず足湯。



放浪乙女えくすとら-fukue141 命のちゃんぽん。

ここまでで、すでにルートの半分は越えていました。
映画『悪人』の舞台になったという大瀬岬はあきらめ、そのふもとの井持浦教会だけ悪あがきのように訪問。あとは観光も何もなく、ひたすら帰るだけ、ナビがいうとおりに走るだけでした。
そのナビが紛らわしかったのか、単にわたしの勘違いなのか――前者だと思っているんですけど――、「まっすぐ」を指示している道をバカ正直にまっすぐ走ったら、いつの間にか道が消え、目の前はただの広場になっていました。
右側には柵もない川、左側は少し人家の集まっている宅地。広場でUターンするには、あまりにぬかるんでいました。そのままバックすることも考えましたが、それには距離が少々長い。
まさに袋小路でジタバタしているうちに、わたしが右側の確認を怠ったために、車を思いっきりガードレールに擦りました。ガードレールがあることにすら、気づいていませんでした。友人が左側をちゃんと見ていたってのに…!!!
明らかにイヤな音がしたので、友人が誘導と確認を兼ねて外に出、戻って来てひと言、
「…バンパーが凹んでる」
全身の力が抜けるようでした。


放浪乙女えくすとら-fukue156 井持浦教会・ルルドのマリア様。


しかしそれが分かったところで、やることは決まっています。この場所から抜け出し、レンタカーを返す。
近所の女性が見かねて外に出て来てくれ、車をうまく誘導してくれたおかげで、なんとか元の道路に戻ることができました。
ひどく怒られるのか、罰金がいくらくらいになるのか…頭の中はそれらへの怯えでいっぱいでしたが、その前に、車の充電という任務も待ち構えています。
「とにかく無事に帰ろう」をスローガンに(笑)、ありったけの集中力で運転に励み、友人もアナログナビとしてヘルプを始めました。
充電ポイントの富江温泉センターでは、窓を閉めるのを忘れたまま充電を始めてしまい、本来なら温泉センターでくつろぎながら充電を待てるところを、ひたすら屋外で車を見張っていなければいけませんでした。不運には不運が重なるものです…。


レンタカー屋に戻るとすでに8時を回っていました。
事故を報告するとおばさんは当然ながら困惑していましたが、結局、求められたのは2人で1万円というさほど大きくもない金額でした。ホントにそれでいいんですか? と内心では思いつつ、おばさんが提示してくれた金額を黙って支払いました。
思ったよりずっと傷が浅くて安堵したとは云え、事故は予想以上に、心に影を落としました。
すべてが悪循環だったと考えざるを得ないけれど、結局は自分が招いた惨禍かと思うといたたまれず、わたしがもうちょっと節約して大人しくハワイに行っていたらこんなこともなかったのか…などと、詮のないことをくどくどと脳内でつぶやき続けてしまいます。


宿の目の前にある五島牛の焼肉屋は、予定の閉店時間の前に閉まっており、仕方なく雨の中、食べる場所を探しに出ることに。シャッターの閉まった商店街を無言で歩いていると、赤提灯の下がった焼鳥屋を発見し、救いを求めるようにして入りました。
飲まないとやってられねえ気分ってのはこんな感じか…と、若干やさぐれていましたが、大将と常連のおじさんがにこにこと話しかけてきてくれて、2人だけだと通夜にでもなりそうな空気は、いくぶん緩和されました。
まさかこんなに雨に降られるとは思わなかったと愚痴っぽく話すわたしたちに、
「天気ばっかりは、どうしようもないからねぇ」
と困ったような、しかし穏やかな顔で答える大将。まあ、そりゃそうなんだよな…。いつもいつも、肝心なときに雨に降られて天気を恨むけれど、それ自体、傲慢なんだろうな、きっと…。
なんでも、日本の天気は五島から始まるそうで、天気予報より6時間早い計算になるらしい。そうか、ってことは明日が豪雨だと思っていたのが今日になったのは、計算どおりってわけか。
帰り際、大将が「思い出に持って帰ってください」とお店のライターをくれました。
“思い出に”という一見ありふれた言葉は、何故かひどくわたしの心に響き、豪雨だろうが事故だろうが、“来なければよかった”なんてことはないんだ、と思い直すことにしたのでした。