自転車に乗って外を走っていると、風が冷たくて、とても心地よい。雪が降る直前の初冬らしさは、身が引き締まって好きです。初冬とはどこからどのあたりまでを指すのか、わからないまま使ってしまいましたが。12月の初旬はまだ初冬だよなあ。きっと。

で、文学フリマで購入した書評を書いていこう、ということです。読んだ順番に少しずつ。
まずは、同人誌「木曜日」さん。書き手のYさんを知っているから、という理由で、称揚することはないと思います。できるだけ、忌憚なく。

「玩物喪志」 没法子

力作、だと思われる。いうなれば、近未来型ディストピア小説、ということだろうか。なんとなく「20世紀少年」を彷彿とさせる物語で、そういう意味ではやや類型的だが、構成が巧みなので、安心して没入できた。凝られた修辞も私好みだし、多重人格の主人公もきっちり書き分けられている。この世界の核となるべき救世主も、なんだかダメおやじという感じで、その情けなさが面白かった。
創られた仮想世界が過去で、パラレルな現在と、実際の現在が相互に侵食しあって、それでも時間軸が揺るがず物語を牽引してゆく筆力は、高く評価すべき点だと思う。ただ、その過去世界を構成する道具立ての多さは、実のところ、私はあまり好みでない。だが、この世界を構成するのは、やはりその道具立ての多さしかないだろうから、そこを言及するのはお門違いかもしれない。
言及するとしたら、その物語の図式だろう。コンテクストから読みとれる現在の現実世界を否定的に受け止めたナーバスな状況や、救済=宗教=他力本願と配置された台詞は、結局、物語が閉じてしまうだけの推進力しか持たないように、私は読んでしまった。もう一歩踏み込んだ、閉じない物語が欲しかった、というのは、私の我儘だろうか。しかし、そういう思いを抱かせてくれるほどのよく練られた作品で、充実した読書だったことには違いない。

「ゴールデンエイジ」坪倉亜矢

前号の氏の作品は、ニコ動のアイドルマスター動画(洗脳、搾取、虎の巻ってやつです)を下敷きに、介護施設で働く青年と主婦のリアリズム小説で、二人の主人公が微妙にクロスオーバーしながら、合理化や有用性ばかり主張する若い女性との違和感や、働くものたちの差異を鮮やかに描き出した素晴らしい小説だったので、私としては期待せずにいられなかった。
肩透かしを食った、とは言わないまでも、介護施設で働く主婦をクローズアップしただけの短い作品に留まったのは、残念という思いだ。だが、氏の作品は他者がいきいきと描かれていて、リーダビリティがあるので、やはり好感をもって読んだ。

「墨中遊行」よこい隆

「私性」の不確かさが、短いながらも良い意味で後味悪く残る佳作だった。記憶に残る人物を追いかけてゆくその過程が、次第に暗転し始め、暗闇の中でもがくような足場の不確かさを残す。それは、叙述にある、「わたし」「ぼく」「おれ」と定まらない人称、メタ的なオチの作為性などが配置されているせいだろうか。ただ、会話で終わるならもう少しその会話の内容を吟味したほうが良かったように思う。読んでいる間、この先の展開がどうなってしまうのだろう、とワクワクしながら読んだだけに、ちょっと拍子抜けに終わってしまった。 
それから、この内容であれば短くなってしまうのは否めないようにも思うが、もう少し引っ張って読ませてくれたらいいのに、と不満感が残ってしまったのも事実だ。

この他の作品で言及すべき作品は、残念ながらなかった。特に、ある作品などは、肝心の主人公の名前を誤っているなどして、多分に興を削がれ、読む気が無くなってしまった。こういう小さな誤りなどチェック体制が甘いのは、いかに同人誌といえど、いかがだろうか?
こちらの同人誌を手に取ったのは二度目だが、もう少し明確なカラーが打ち出されていればなあ、と思ったのも、やはり二度目だった。


で、前回のブログが全くフリマに関係なく、私の東京見聞録に終始してしまっている。それも中途半端に。こんな調子だと言いたいことを書くのに、また何日もかかってしまうことになりかねない。

まあ、それはまたいつか続きを書くとして、パパっと今回の流れを書いてしまおう。

朝、同人雑誌「木曜日」さんで中心的に書いてらっしゃるYさんと強引な電話で合流し、歌舞伎町から会場の大田区へ向かう。
Yさんとは初めてお会いすることになったのだが、とても感じの良いかたで、電車の中でも会話が弾んだ。私のテンションも次第に上がり始めてくる。

会場に着くともう行列ができていた。ほとんどが参加者の行列で、Yさんの話では過去最多の参加者らしい。私は部外者なのだが、参加者用の券をYさんから頂いて、開場前に入場することができた。

「木曜日」さんの設営を手伝う。手書きのPOPに値段を書いたり(汚い字でした。すいません)して、なんか本格的な参加者みたいで楽しい。

やがて開場。Yさんに勧められて、私も会場を一通り周ってくる。そこで購入したのは以下の雑誌たち。

・同人誌「木曜日」
・上野昂志「映画全文」
・早稲田文学「π」
・同人誌「破滅派」
・同人誌「DASY CHAIN」
・東京学芸大学現代文化研究会「F6]
・筑波批評社「筑波批評」
・同人誌「オカエリナサイ」(無料配布)


早稲田文学「π」は朝吹真理子と川上未映子の名前につられて。「破滅派」は前回も購入している。というか、全号もっているという。今回はCD付きで200円増しというから、そちらは断った。
寝不足で判断力が低下していたため、インスピレーションのみで購入したのがほとんどだった。いわゆる「ジャケ買い」。表紙が奇麗な本はやっぱり目立つし、買おうかな、と購買意欲がそそられるのも事実だ。もう少し予算があれば色々と買いたかったが、現実はそうもいかない。
相変わらずラノベ系の同人誌には興味をそそられるものはなかった。あらすじからして紋切り型で、読まなくても結末が見えてしまうような小説を書いて、一体何が面白いのだろう。

まあ、それは人それぞれだから、と自らを諫め、読んだ感想なんかもブログに書いていこうと思う。

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夜行バスに乗ったのは、もう次の日になろうかという頃だった。強く吹く木枯らしと排気ガスが絡まりながら私の顔を撲ったので、そそくさと指定の席に座った。突然、感傷的な気分に陥るが、そんな気分はきっと私だけだろう。隣に座った男性は、のび太もかくやと言わんばかりの勢いで眼を瞑ると、すぐに鼾を掻きはじめた。
東京は大田区で開催される文学フリマに向かっていた。二度目だった。参加者でもあるまいし、なにもわざわざ夜行でゆくのも、と半ば自嘲しながらも、微かに期待があったことは否めない。私のようなコアな小説好きは、そういった場所にでもゆかないと、時々、自らの領域の狭さに息苦しくなるからだ。
バスの中は思いのほか寒く、用意された小さなブランケットでは凌げそうもない。だが、他に何もあるわけではないので、我慢して膝に掛けた。
走り出してから、鞄に入れた本のひとつ、先日購入したクッツェーの「恥辱」を手に取り、読み耽っていると、車内は突然、暗闇に包まれた。とても読めそうにない。読書を諦め、持ってきた古いCDプレーヤーで音楽を聴いたまま目を瞑る。だが、眠れそうにない。とにかく寒いのだった。窓際の席はガラスが薄いためか冷たい外気が伝わりやすく、足先が冷える。身を縮め、耐えるようにして暗闇に目を馳せた。なにも考えずに。
どれくらいたったろうか。気づくといつの間にか眠っていたが、寒さでまた、目を開いた。車内にはカーテンの隙間から射す街路灯の明かりが行き過ぎる、幻灯機のようにくるくると廻りながら。耳に嵌めたイヤホンからは、何も聴こえてこない。音をたてないよう鞄から別なCDを取り、入れ替えた。再生すると、やくしまるえつこの甘やかな歌声が心地よく響き、私はまた眼を瞑った。だが、結局うとうとするばかりで、眠ることはできなかった。
暗闇で携帯のディスプレイが蒼く光る。時々、mixiなど見ながら時間を潰そうとしたが、あまり光らせるのは迷惑になるだろうからと、極力控えていた。参加者のマイミクさんが、連絡先を送ってくれたようだった。ありがたい。どうも東京に慣れない私は、非常に心強く感じた。とはいえ、面識はなく、あまり甘えることもできないだろうから、謝辞のメールを送るに留めた。どうしても、という時だけ連絡します、と添えて。そうしてまた、音楽に聴き入っていたのだった。

新宿に着いたのは、明け方の5時だった。まだ空は明けようとしない。冷え切った体を暖めたかった。前方を歩く人に着き従うようにして、暗い中、歩を進めた。
新宿駅が見えてくると、灯りが照らすのでだいぶ歩きやすくなってくる。左手に折れた先から、マクドナルドの看板が目に入った。一も二もなく入口の階段を駆け、店内に入ろうとしたが、できなかった。行列ができているせいだ。さすが東京。朝5時から列をなすほど混み合う店内は、仙台では見れそうにないだろう。仕方なく並ぶが、行列は遅々として進まない。これがポスタルだったら間違いなくショットガンをぶっ放しているところだが、と夢想していると、ようやく私の順番が回ってきたのだった。
アジア系の店員にコーヒーだけ頼んで、喫煙席に腰かける。窓際の席から見える新宿西口の光景は、やはり私はローカルの人間だ、ということを意識せざる得ない。朝まだき、暗い中を人々が平然と行き交わしている。その数は、仙台でいえば通勤時間より少し前、といったくらいであろう。なにか異様なものを感じる、東京では当たり前なのだろうが。きっと、朝の歌舞伎町はもっと異様に違いないと、少し興奮してくるのだった。陽が明けはじめたら出発しようと思い、煙草の煙を呑みこんだ。