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【虚像と対話できる男】



クリスマスまで後一週間。
隔離も2ヶ月ともなれば、もう慣れたもんだ。

今は年内に行われる長崎県精神病患者委員会に提出した
退院請求に全力を注ぐ為に、可能な限りの策を練っている。

面接用に書き綴ったメモ用紙も数十枚にもなる。
勿論、デパケンは飲んでいない。

このマンモス精神病院が如何に社会悪か、
患者はどの様に扱われて、どんなに苦しんでいるのか
淡々と綴ってある。

如何にまともな思考で、速やかに社会復帰出来るか
社会が必要としているのかをポイントにするつもりだ。



公衆電話に指定された所へ電話する時と
週2回の風呂へは、5~6人の看護師と共に隔離室から外へ出られる。

風呂は誰もいなくなった1番最後だから、気が楽だ。
得体の知れない患者との入浴は趣味では無い。

公衆電話は主に東京の弁護士協会と長崎県精神障害者福祉科だけだ。
自宅に電話をしても
「只今、留守にしております。ご要件のお有りの方はメッセージをどうぞ。」
と無機質な暴力を受けるだけだ。

何時も電話を掛けに隔離室から出る時に
気になる女子が iphone でウォーキングしている。
知的な笑みで、時々完璧な視線ですれ違う。
眼鏡越しのそれは、あたかも少女の媚びた目付きのようだ。
少し痩せすぎだが、歩く速度はとても早い。
黒い艶のあるボブも UNIQLO のパーカーも似合っている。
どうしてあんなに形の良い笑顔が出来るのだろう。
俺の手はポケットの中なのに。。。

「こんにちは。」

「こんにちは。。。」

「これあげる~。」

紙飛行機を彼女のもとへ飛ばす。
綺麗な滑空で彼女の目の前に着地する。

そして電話ボックスの中に入り30分もの交渉をまたする。

慌ただしく彼女は看護師の一人にメモを渡す。
そのまま駆け去って行ってしまった。

隔離室に戻り、メモを確認する。
やはり、思った通りだった。
彼女もブロガーだった。

月の


Too you   Thank you very much!
May I have you name, please?
Its handle name?
What are your thoughts on that? 
I can't understand what you are thinking.
Bat That's right!
I'm looking forward to working with you. 
From Yoshimi Ninomiya


月の


今から 風 蘭 について検索をする事だろう。
何故か少し後悔をしている。
私の素性を明かしたも同然だからだ。


隔離室では沢山の楽しみが有る。

俺は音楽をこよなく愛している。
四方をベージュの壁によって囲まれた小さな空間では音の反響が心地よい。

それにしても、お隣の隔離病室の患者さんは、独り言が多すぎる。
初めは看護師と頻繁に会話していると思っていたが、会話が絶えない。

低い太めの声と青年の様な清々しい声が聞こえる。
その会話の速度は 黒柳 徹子 が舌を巻く程だった。

退屈だから歌を歌ってみる。

だけど 心なんて
お天気で変わるのさ
長いまつげが卑猥ね貴方

罪な目つきをしてさ
「命あげます」なんて

ちょっと場末のシネマしてるね

一人ぼっちじゃ
街の明かりが
人の気を狂わせる

うぬぼれないで 言葉じゃ駄目さ
男らしさを 立てておくれ

KAN’T RIVE WITHOUT YOU BABE
DON’T WANNA LET YUO GO

お隣さんの二人の声がぴたりと止んだ。
確かに此処は暗い洞窟みたいな構造だからエコーは程良く効いてくれてる。

当然、黄色い鉄格子からは隣の隔離室を網膜で確認することは不可能だ。
演算処理をしてみると、隣の住人は若い男性で、
虚像と対話できる能力を持っている事になる。

それを医学的には精神分裂症(統合失調症)という分類に仕分けできる。

精神機能のネットワークは脳内のさまざまなシナプスで行われる。
その不調の場所によって、聞こえてくる虚像の声は、
時には暴力的に、時には強制的に、体の機能を支配してゆく。
幻覚においては、自分の周りの現実ともう一つの世界を構成しており、
存在価値の否定や強制的殺人を行わせたり、自殺をほのめかす被害妄想を出現させる。

精神分裂症の症状は大きく、
幻覚や妄想などの「陽性症状」、意欲の低下などの「陰性症状」
臨機応変に対応しにくい「認知機能障害」などが挙げられるが、
病状において重度はさまざまである。

「上手いですね、もっと歌って下さい。嫌な奴が退散しちゃいましたよ。」

青年の方の声は好感が持てる人懐っこい人格の様だ。
唐突に笑いを堪えてラットのランニングマシンの様に話しかけてくる。

「あの~、僕 片思いの女の子が居まして、如何しても告白出来ないんです。」
「中学の時からですけどね。」
「共通の女友達から僕が彼女の事を好きなのはバレテいるんですよ。」
「つい最近、スーパーで買い物をしていたら、12年ぶりに彼女に出会ったんです。」
「彼女は僕が高校生の時、同棲しようって言った事覚えてるんです。」
「まだ独身を貫いているって言うんですよ。」
「僕は早く退院して彼女にもう一度告白したいんです。」

一見正常に機能している脳。しかし悲しいかな、陽性症状の可能性が高い。

「僕、今までに4人の女の子とHしました。駐車場に止めた車の中でしょ。」
「窓から入っていったベッドの上でしょ。真夜中の公園でしょ。え~と、トイレの中!」
「全部女の子から誘われました。それも全部 【生出し】!」
「僕のって鬼頭が大きいから、引っかかりが良いんだって。」

これは真実だと思う。余りにリアリティーに富んでいる。


「全員の女子と【生出し】でやっちゃたんなら、少なくとも4人の隠し子が居る可能性があるね。」
「なんで隔離されちゃったの?危険な人では無いように感じるけど。」

俺は彼に好感を抱いている。これで退屈な隔離生活が少しは改善されるだろう。

「お願い、もっと歌って下さい。彼女との思い出に浸れる歌がいいな。」


悲しい事があると開く革の表紙
卒業写真のあの人は優しい目をしてる

町で見かけたとき何も言えなかった
卒業写真の面影がそのままだったから

人ごみに流されて変わって行く私を
あなたは時々遠くでしかって

あのころの生き方をあなたは忘れないで
あなたは私の青春そのもの


静寂が訪れる。俺の歌は、けた外れの声量と、絶対音感によって
記憶を司るニューロンの構成回路を使って、歌詞や音階を忠実に復元できる。

彼は泣いているようだ。なんて人間臭いピュアな心を持っているんだ。
障害と言う偏見の中では健常者には決して解らない、正常な脳機能の分野においての
極めて純粋な感情や、辻褄のあった正義感、奥深い労わりの感情が共通して存在する。

だから、接している近親者や医療従事者には、どうして喚くのか、どうして暴れるのか
偏見というブラインドを開く勇気がないから、理解しようとさえしないから
一番大切なことを黙殺しているんだ。

だから俺は障害者の心の豊かさに感化され、癒されて行けるんだ。
ピュアな感性は、余分な枝葉を極限にまで落とした根幹の中から生まれる。
それは詩人の感性や、論理的思考による芸術的建造物の設計士、
抽象画に魔法の視点を吹き込める画家、魂の空気波動を引き起こす音楽家など
世界に溢れかえっている。



障害者はその一番近くにいる。




「いったい、何曲リクエストするんだい?」





【C3病棟@】闘病記~前編
 





風 蘭
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