目に見えなくても、作用を及ぼすものが色々あることは知っているし理解も出来る。しかしスピリチュアルなことに関してはちょっと違ってくる。

そういう世界があることについて、理解しているし、一応信じてもいる。

自分もそういう世界に足を突っ込んでいる訳だし。

しかしこの物理世界においての目に見えないものの多くは、何かしらの現実のご利益を賜っている。

しかしスピリチュアルな世界のでの見えない世界は、なかなかリアルな何かを実感する機会がなく、今ひとつピント来ない人も多いと思う。

諸外国ではその辺のワークが結構確立されているような気がする。

どうしても日本の場合いかがわしさが先に立ってしまうのは何でなのだろう。

心から信頼出来る指導者に巡り会えることはごく稀なのだろうか。

インターネットが普及して、だれもが指導的立場のように振る舞っているけれど、本当はどこまで力を持っているのか疑問に感じる。

話を聞いたり、体験したりしたときに、なにかこう心に響くものを感じられるといいのだが…
瞑想するにあたり、内なる自分を見つめるようなことを言われますが、内なる自分って何?

退行催眠などではイメージによって進めていくようですが、一人自分の部屋などで瞑想するときなど、困ってしまう人も多いのでは?

実際心の目で(イメージではなく)内なる自分を探してみても、何も見つからず、それならばと、肉体とは違うエーテル体を探ってみても、何も見つからない。

ならば少しだけイメージを使って、エーテル体をエネルギーの塊として凝縮してその中に身を置いてみる。

この時目の裏(内側?)で追いかけるのではなく、体全体でエネルギー体を探るようにしてみると、瞑想につきものの雑念が浮かんできません。

最初のうちは、恐らく頭が痛くなったりで、あまり長く続けることが出来ないかも知れませんが、やがて眠りに似た状態になります。すると、集中している事も、内なる自分を探していることも消えて、人によっては自分の肉体の感覚かなくなったり自分を支えているものが消失して、何もない空間に漂っている感じを得るかも知れません。

その先に何が有るかは人それぞれ違ってくるので、何かを期待せずに、有るがままを感じてみてください。

この時マイナスに捕われる感覚を感じたら、それは肉体がイメージしたもので集中力が散漫になっているので、それを追いかけずに、またエネルギー体のところからやり直しましょう。

ここで受けとるものにはマイナスのものは何もないことを忘れないでください。