歳を重ねて来ると体だけでは無くて、

古い自宅もアチコチに不具合が出て来て、

夜寒かった日の翌日水道の蛇口を開いたらチョロチョロとしか出ない、

水道管が凍ったのかと思って、

翌日の夜には少し水を出しながら寝ました。

 

朝水道ので具合を見たらやはりチョロチョロ、

どこかで水道管が破裂しているのではと思って、

他の蛇口を開くと普通通りに出る、

水道のメーターを水を全部止めて見たら、

メーターは動いてないので漏れてはいない様だ、

蛇口に付けられている小さな網の不純物受けを外してみたら、

水道管の中の鉄錆が出ていた。

 

取り除いてもまだチョロチョロの水の出なので、

台所の水道を使うのは歯がゆいので、

他の所の水道の出口を使う、

これも一々汲みに行かないとダメなので面倒くさい。

 

台所の水道管を治そうと思うと

台所の所をまくって見ないと何とも言えない、

又お金と時間が取られる、

歳を重ねると仕事はほとんどしたく無いし収入源は年金したか無い、

毎日の生活費と医者代を何とか確保しているだけなので、

余分なお金は無い、

困ったモノです。

 

自分の体と同じで、

悪い所はアチコチ出て来ているのを対処的に対応しているだけで、

残りの人生を何とか持ち堪えればと思っているのですから、

我が家もアチコチ悪い所が出て来ても、

何とか生活が出来れば良しと思わないと。

 

世の中の動きも複雑で流動的、

体力も能力も無い年寄りは着いては行けない、

単にそうですかぁと見ているだけ、

歳を重ねると変化や変動には着いていけない、

ユッタリとした時間の中で静かに自然を眺めて過ごせればそれで良しです。

 

新しいモノや流行のモノに対しては、

そんなに興味が湧かなくなって来ている、

今まで食べていたモノを頂いて、

静かに過ごしたいモノだと思うだけになってきた。

 

そんな優雅な生活をするのを世間は許して下さるのかどうか、

時代的にはバタバタして引きづり回されて時代に翻弄されて行くのかも知れない。

 

どうなろとう今まで生きて来た人生の成績表は受け取ってしまっている、

体の健康具合やお金の有無など、

何を取り上げても最低生活がやっと出来る程度でしか無い、

この中で自分で何とかして生きなさいと言われても、

今までが何ともならなかったのに、

歳とってから何とかしなさいと言われても、

何ともならないのが現実ですね。

 

仕方が無い、

後残っているモノはと思うのは神頼みしか無い、

それもお賽銭を出す程の余裕もこれからは無くなって行く、

それでも神頼みをして何とか助けて下さいと言うだけしか無い、

世間からすれば年寄りは仕事もしないで散歩して、

優雅な生活をしているとしか見えないでしょう。

 

年寄りの心境とはこう言う感じなのかぁと、

今つくづく感じています、

こう感じる所まで一応夜逃げもせず生活して来られたのですから、

人生としては良しとしなければならないのでしょう。