私は現在、九州に住む30代の女性である。

 

私の大して面白くもない胸糞の悪い四半世紀ほどを昇華するために記録として残しておこうと思う。

 

度々、私の家族構成や家族の話をするとテレビの中や小説の話みたい、と言われるので小説でも書いてやろうかと思っていたが文才がさほどないのでブログという形で昇華することにした。

 

私は九州の田舎で8人兄弟の7番目として生を受けた。

 

父は酒飲みで機嫌が悪いと暴力をふるうような人だった。

母も怒りやすく、手こそはあまり上げないがすぐに怒鳴って無視してきたりするので、

私たち子どもはいつでも親の機嫌をうかがっていた。

 

今でいう毒親だったと思う。

 

家族仲は異常によかった。

 

苦楽を共にしている仲間、という意識が強かったのだ。

 

みんなでうつ病の母親をなんとかして守らなければ、という意識もあったと思う。

 

母親がうつ病を発症したのが私が小学四年生くらいの頃だったと記憶している。

 

ひどい時期は手首を切るのをやめれなかった母親だ。

 

私は泣きながら消毒して包帯を巻いていた。

 

母がうつ病になった原因?

 

父親の不倫以外に私は考えられない。

 

あとは単純に8人もの兄弟を育てるのは母のキャパ的には無理だったのだろう。

 

お金もないのに不倫し、母親を限界まで働かせた父親には私たち子どもも恨みしかない。

 

25歳を過ぎたころだろうか、酔っぱらった父親に

 

「俺、実は不倫してたんだ」

 

と言われたときは殺してやろうかと、思うほどに憎らしかった。

 

そんなことは知っていたよ、と言えたらどんなに楽だっただろう。

 

登場人物紹介の代わりに両親はこんな奴らだぜ、って書きたかったけれども、

あまりに重い内容にどんどんなっていき、胸糞が悪くなると思うので

引き返すなら今だよ、って言っておく。

 

両親はいわゆる授かり婚で結婚した。

 

子連れ同士で。

 

二人ずつ子どもを連れてその後追加で4人の子宝に恵まれたのだ。

 

父親はタクシー運転手をしていた。

 

母親はパートなどをしながら家事全般をこなしていた。

 

現在は二人は老老介護をしている。

 

父は不倫の罰が当たったのだろう。

 

パーキンソン病になり、今はほとんど動けない。

 

母が服を着せてくれなければ服も着れないような、そんなおじいちゃんになってしまった。

 

不倫相手に介護させればいいのに。

 

 

毒を吐いたとこで

兄弟の紹介に入ろうかと思ったのだが、長くなりそうなので次回に回します。

 

 

 

 

 

次回、登場人物紹介(兄弟編)