80代の女性が解剖室に運び込まれた。自宅から行方不明になり、家族が探していたところ、自宅近くの河川で見つかった。

 解剖すると、死因はすぐにわかった。

 胸腔を開けると、肺が左右ともに大きく膨らんでいた。これほど肺が膨らむのは、溺死くらいしかない。

 溺死するときには、鼻や口から肺の中に泥水が入り込んでくる。このとき、もともと肺の中にあった空気のすべてが体外へ出ていくわけではない。一部の空気は溺水の勢いに押されて、肺の奥の方へと押しやられる。肺の奥の最後は、肺の表面ということになる。溺死した人の肺の表面は、空気だらけということになる。

 実は、女性は認知症を患っていた。認知症の人を解剖することがある。亡くなった場所を調べてみると、河川や海などの水際であることが多い。認知症の人が行方不明になったときには、近くの水際を探してみるのが役に立つ。

 なぜ、水際で見つかることが多いのか。その理由ははっきりとはわからない。認知症の人は後戻りするということが難しいからではないか。他人の家の狭い隙間で亡くなった人もいた。家に戻ろうとするのだが、自分がどこにいるかもわからない。後戻りすることが難しく、水際までいって、そこで亡くなってしまう。

 日本ではこれから認知所の人が増えていく。解剖室に運ばれる人の数も多くなっていくのだろう。