男性は、職場で亡くなっているところを発見された。山のようにつまれていた砂の中に埋まって死んでいたのだという。全身が埋まっていたわけではない。顔や頭は、砂山から出ていた。鼻や口からは空気を肺へ吸い込める状態になっていた。それでも亡くなってしまった。

 男性は、あやまって砂山に埋まってしまったようだった。連絡が取れなくなった男性を職場の人が探して発見したのだというが、助け出した時には死亡していた。 

 人間は鼻や口から空気を肺に吸い込んでいる。肺で、茎の中に含まれている酸素を血液のヘモグロビンと結合させる。血液の流れによって、酸素を全身に運んでいる。体に酸素取り込めなくなって亡くなることを窒息死という。この男性の死因は、窒息死なのである。

 窒息死の原因として、日本で一番多いのは、頸部の圧迫である。気道(口や鼻から肺への通り道)を圧迫すれば、肺へ空気が入らないので窒息死する。頸部圧迫にかぎらず、空気の通り道のどこかがふさがれれば、窒息死はおこる。正月に、高齢者が餅を喉に詰まっても窒息死する。

 この男性は、鼻や口が塞がれたわけではない。喉や気管に何かが詰まったわけでもない。なぜ、窒息死してしまったのだろうか。

 体が胸まで砂に埋まってしまうと、空気を肺に吸い込むことができなくなる。口や鼻からは空気を吸い込める状態ではあっても、実際には吸い込めない。私たちは、実は口や鼻を使って空気を吸い込んでいるわけではない。肺が閉じ込められている胸郭という空間を広げて、胸腔の中を陰圧にする。それによって、口や鼻から空気が肺の中へ入っていく。

 胸腔とは、肋骨と肋骨の間にある筋肉、横隔膜とで閉じられた空間をいう。この空間の中に、心臓や肺がある。大きく空気を吸い込む時、胸に手を当ててみれば、胸郭が広がっているのがわかる。肋骨の間には、肋間筋という筋肉が付いている。胸と腹の空間の境には、横隔膜という一枚の筋肉の膜がある。肋間筋を広げ、横隔膜を腹の方へ下げることによって、胸腔の中は陰圧になる。胸腔を陰圧にしない限り、口や鼻が開いていても、空気を肺の中へ取り込むことはできない。

 胸まで砂の中に埋まってしまうと、体の外から胸郭が圧迫される。胸郭は広がることができない。子供が海岸などで遊びのつもりで、顔だけ出して、体を砂に埋めたりすることはとても危険ということである。