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僕が生きてきたこと
広島大学病院で生まれたこと。
テレビで東京オリンピックを
親父の膝の上でみたこと。
幼稚園で弟と2人泣いたこと。
相賀小学校に入学したこと。
初めて意思に反して賛成したこと。
初めてズルをしたこと。
初めて嘘をついたこと。
鍛冶屋が好きだったこと。
桶屋が好きだったこと。
気の強い娘に惹かれたこと。
母の夜なべが好きだったこと。
二度も溺れたこと。
運動会で1等になったこと。
学級委員長になったこと。
学生副会長になったこと。
尾鷲高校に入学したこと。
謹慎に処分を受けたこと。
朝鮮人と陰口いわれたこと。
不良になったこと。
初めてデートをしたこと。
後輩から告白されたこと。
二股がばれたこと。
大学受験に失敗したこと。
ソウルに留学したこと。
続く
iPhoneからの投稿
広島大学病院で生まれたこと。
テレビで東京オリンピックを
親父の膝の上でみたこと。
幼稚園で弟と2人泣いたこと。
相賀小学校に入学したこと。
初めて意思に反して賛成したこと。
初めてズルをしたこと。
初めて嘘をついたこと。
鍛冶屋が好きだったこと。
桶屋が好きだったこと。
気の強い娘に惹かれたこと。
母の夜なべが好きだったこと。
二度も溺れたこと。
運動会で1等になったこと。
学級委員長になったこと。
学生副会長になったこと。
尾鷲高校に入学したこと。
謹慎に処分を受けたこと。
朝鮮人と陰口いわれたこと。
不良になったこと。
初めてデートをしたこと。
後輩から告白されたこと。
二股がばれたこと。
大学受験に失敗したこと。
ソウルに留学したこと。
続く
iPhoneからの投稿
あれは確か1991年の東京九段会館で孫牧人先生の傘寿記念パーティーの受付で先生と服部良一先生が仲良く握手しながらなかつつまじく談話する二人の姿が蘇る。
単なる知人では無く、お互いの人生をたたえ合うパートナーに見えたのが錯覚では無かったのだと気付き始めている。
ハッキリとは憶えていないが会場には服部良一先生をはじめ菅原都々子、大山倍達などの著名人が数多く訪れていたことに驚いた自分を思い出す。
30代の小僧子には日韓の歴史の深さも感じ取れなかった事は事実でもある。
今になってあの時、色々な取材ができたはずなのにと悔やんでもいる。
また先日、元ボンド企画の玉木栄一先輩から朴チャンホ 先生の集会に参席された際、下記のメールが送らてきた。
昨日、朴チャンホさんの集まりが1年ぶりに新宿であり、無理して行ってきました。
そこで服部良一先生の次男である良次(芸名は吉次)~息子がバンクーバーでダンサーとして出演した~氏に初めてお会いし、彼が良一先生の古い資料などを管理チェックしていて、昨日、貴重な譜面のオリジナルを数曲見せてもらい、びっくりしました。
OKEHレコードから孫先生の「木浦の涙」などを当時服部先生に編曲を依頼していたのです。
吉次氏が即興で聞かせてくれたところ、もしかすると、この大ヒット曲の編曲は服部先生だったかも知れません。
服部先生は1907年~1993年、孫先生は1913年~1999年、服部先生は生誕100年サイトなど記念盤も出てましたが、孫先生は2013年に100年ですので、この際、「孫牧人・服部良一 韓日音楽100年の友情」とかで、何かできると
いいとは思います。吉次氏には「孫・服部 幻の追悼コンサート」などどうですかといったら、父親の件も早めに
古い業績を整理したいという意向でした。韓国へも行きたいと言ってました。
映画にしても、日本がからめば、かなりの話題にもなりますし、個人的にはミュージカルタッチの「上海バンスキング」
にでも、著名な脚本家と演出家のれば、面白いですね。
「他郷暮らし」はアマゾンで古本が6000円を越えていました。
以上
ちなみに孫牧人(久我山 明)先生の日本での代表作は 「カスバの女」です。
単なる知人では無く、お互いの人生をたたえ合うパートナーに見えたのが錯覚では無かったのだと気付き始めている。
ハッキリとは憶えていないが会場には服部良一先生をはじめ菅原都々子、大山倍達などの著名人が数多く訪れていたことに驚いた自分を思い出す。
30代の小僧子には日韓の歴史の深さも感じ取れなかった事は事実でもある。
今になってあの時、色々な取材ができたはずなのにと悔やんでもいる。
また先日、元ボンド企画の玉木栄一先輩から朴チャンホ 先生の集会に参席された際、下記のメールが送らてきた。
昨日、朴チャンホさんの集まりが1年ぶりに新宿であり、無理して行ってきました。
そこで服部良一先生の次男である良次(芸名は吉次)~息子がバンクーバーでダンサーとして出演した~氏に初めてお会いし、彼が良一先生の古い資料などを管理チェックしていて、昨日、貴重な譜面のオリジナルを数曲見せてもらい、びっくりしました。
OKEHレコードから孫先生の「木浦の涙」などを当時服部先生に編曲を依頼していたのです。
吉次氏が即興で聞かせてくれたところ、もしかすると、この大ヒット曲の編曲は服部先生だったかも知れません。
服部先生は1907年~1993年、孫先生は1913年~1999年、服部先生は生誕100年サイトなど記念盤も出てましたが、孫先生は2013年に100年ですので、この際、「孫牧人・服部良一 韓日音楽100年の友情」とかで、何かできると
いいとは思います。吉次氏には「孫・服部 幻の追悼コンサート」などどうですかといったら、父親の件も早めに
古い業績を整理したいという意向でした。韓国へも行きたいと言ってました。
映画にしても、日本がからめば、かなりの話題にもなりますし、個人的にはミュージカルタッチの「上海バンスキング」
にでも、著名な脚本家と演出家のれば、面白いですね。
「他郷暮らし」はアマゾンで古本が6000円を越えていました。
以上
ちなみに孫牧人(久我山 明)先生の日本での代表作は 「カスバの女」です。
