禅寺の襖絵 が完成。

絵師の愛人は母鳥が子に餌をやる姿に

「可愛らしいわぁ」と微笑む。

やがて絵師が病死すると、

和尚が代わって女を囲う

夜、物音に気づいた女が障子を開けると

去っていく小僧の背中がみえた。

はは~ん。

小僧は写経の墨をする手に力が入り

その瞳は一点をみつめていた。

 

 

 

雁の寺

川島雄三監督

1962年

若尾文子 高見国一

三島雅夫 中村雁治郎

木村功 西村晃

菅井きん

 

雁ではじまり 雁でおわる

水上勉原作の映画化。

 

冒頭は、母鳥が子に餌を与え

結末は、子を残し母鳥が飛び去る。

少年の心を雁で表現した名作です。

 

 

優れた美的センス 

 

男の世話になるしかないと割り切り、

流れのままに生きる里子役に若尾文子。

無邪気×あざとさが魅力的。

傲慢で煩悩まみれの和尚

三島雅夫が演じています。

「里子はんの白粉のにおい飛び出すハート

仏に仕える身なのにそろばん勘定。

ダブルベットが届くと大はしゃぎ。

小僧の唱える経をBGMに

愛欲にふける俗物です。

その一方で「修業のため」

小僧をこき使い、なにかと折檻する。

小僧慈念役は高見国一

何を考えているか掴みどころのない

演技がすごく良いおねがい

理不尽なパワハラをうけ

ふつふつと湧き出る怒り

何度も何度も押し殺す

川島雄三監督の美的センスが

本当に素晴らしいですねぇ。

人物を画面の隅に極端に配置して

不安や憎しみ、怒りを表現します。

見せない演出に想像力をかきたてられ

原作よりサスペンス色が濃厚!

 

ラストは白黒からカラーに切り替わり

風刺の効いた粋なエンディング

監督らしさ炸裂です。

 

 

感想 

私は自分が何者なのか、

一生かかってもわからない。

慈念はよく働き、学問の成績もよい。

が、和尚と愛人の関係が気になる。

里子は狐峯庵で暮らすうちに、

慈念に同情をよせはじめる。

ひどい扱いをうけても

耐え忍ぶ姿を不憫に思い、

差し入れの饅頭を懐へいれてやる。

マスカットを分けてやろうと

里子が優しくすればするほど

和尚は小僧にきつく当たる。

「こんな奴に高価なものはやれん」

掌から葡萄の粒をとりあげる。

すると里子はますます慈念を構う。

慈念は

彼女がよろけた拍子に着物の裾がめくれ、

美しい脚がみえると

凝視してしまう。

そんな自分に苛立つ。

己の欲望に抗おうと逃げだし

まんじゅうをガツガツ頬張る。

中学では兵隊訓練に絶望を覚える。

なぜ仏門を目指す自分が

殺生の真似事をさせられるのだ?

穴の開いたボロボロの靴が歩きにくく

社会の矛盾虚しい

しかし、一番辛いのは、

実母の話に触れられること。

自分の生い立ちを知られたくない。

その願いむなしく、

和尚たちは慈念の話をつまみに

鍋をつつく。

 

里子は、慈念の出自を知ると

憐れみと愛おしさでたまらなくなり

「なにもかもあげる」と迫る。

母のような優しさと女の色香。

誘惑に負けてしまった。

和尚と同じだ…情けない。

ドス黒い感情が渦をまく。

ある日、

彼は里子にトンビの話をきかせる。

「トンビが木の上で

何をしてるかわかりますか?」

里子はこたえる。

「とまってるだけじゃないの?」

「木には穴があって、

そこにためているんです。

半殺しした獲物を。

蛇や魚がドロドロした暗い穴で

ぐじょぐじょ…」

トンビに自分を喩えた言葉

目をギラギラと光らせ語る。

里子が耳をふさぎながら逃げ出すと、

ニタリと笑う慈念。

 

雨の夜

碁に出かけた和尚が

ぷっつりと消息を絶った。

 

里子は気が気でない。

 

慈海和尚がいなくなれば

自分はお払い箱。

 

行き先を告げずに

黙って出ていく人じゃないのに

どうしたんだろう?

 

慈念が私との関係を

バラしたんじゃないかしら?

おりしも、檀家が亡くなり

和尚ぬきで葬儀を執り行うことになる。

 

夜どおし

慈念の念仏が響く。

出棺のときがきた。

 

慈念は言う。

「入棺のときとは

違う人にかついでもらいます」

 

親族が頼む。

「最後に一目、仏の顔が拝みたい」

 

慈念はしばし考えたのち

「お気の毒ですが、時間がないので」

棺が運び出されると、

「こんなに重い仏さんは初めてだ」

人々は驚きながらぐらつく棺を支える。

 

数か月後、新住職が寺にやってきた。

 

慈念は住職に気持ちをぶつける。

 

「あなたに私の気持ちはわからない」

 

母に逢いたい。父を知りたい。

親への執着、他人への憎しみ、殺意、性欲…

 

迷いだらけの自分には悟りなど無理だ。

 

ついに、寺を出ていく。

 

里子は慈念を追うが…

寺に戻るころには正気を失い

里子の耳に雁の声が聞こえはじめ

襖から

襖へと

雁をさがして、

彷徨い

親子雁が描かれていた襖の前へ。

大きく開いた穴を見つめ

「お母ちゃん雁がいない」

母雁だけが

無残に破りとられていた。

 

歳月は流れ、

雁の襖絵が修復された寺に

観光バスが並び、

大勢の客が押し寄せる。

 

しかし、

少年の悲しみを知る者は

ひとりもいない。