幸せが詰まった夢の場所。

そこは床屋さん。

12歳の少年は少しでも髪がのびたら

憧れの女理髪師が経営する店へ直行!

「また切るの?」

「ママが短い髪が好きなんだ」

彼女の大きく開いたシャツから

見えそうで見えない豊満な胸元、

蒸暑い夏の女理髪師の体臭、

スカートから伸びた脚、

シャンプー天国にうっとり。

温かい湯と頭皮を優しくマッサージする指、

思う存分、妄想にふける至福の時間。

父が息子に尋ねる。

「大きくなったら何になりたい?」

「僕、髪結いの亭主になる!」

父の平手打ちが飛んできた。

でも強く願えば叶うはず。

 

 

髪結いの亭主

パトリス・ルコント監督

1990年

ジャン・ロシュフォール

アンナ・ガリエナ

 

 

とぼけた味わいが魅力。

なんて愛らしいフランス映画でしょう!

人生は悲劇で喜劇だから素晴らしい。

”いまここ”を生きる男

”先を恐れる”の物語。

 

邦題にひきずられ

ただの官能映画と高を括っていたのが

恥ずかしいチュー

見せないエロティック。変な卑猥さがありません。

 

まるでチャップリンの映画みたいに

悲喜が同時に存在するラストカット

とっても切なくてね。

湿っぽくない無邪気な哀しみが良いですよ。

 

人気絶頂で引退する歌手とか、

ブレイク半ばで散る俳優さんとか、

恋愛や友情が深まるにつれ

自分の手で壊すことって

ありますよね?

 

人間の不思議で繊細な心を描いた作品です。

 

 

  理髪店の女神

明るいパステルカラーの床屋さん。

窓から入るやわらかな日差しに

美女の髪がキラキラ輝く。

スローモーションを多用した

女優さんの仕草、笑顔に

主人公と一緒にぼぉ~っと

魅入ってしまう。

マチルドを演じるアンナ・ガリエナの

柔らかな表情が女神。

控えめで

どこか悲しげな微笑み

「子供の頃の写真は一枚もないわ。

昔のことなんかどうでもいいの」

理髪店を訪れる客から

甘くない人生がみえるたびに

彼女の顔がふっと陰ります。

 

 

  少年の心のまま

12歳の自分中年の自分が

共存する男アントワーヌ。

大好きな場所で大好きな女性と

好きな香りに包まれて

自己流のダンスを踊って

心地よい時間をすごす。

他にはなにもいらない。

”人でもモノでも

強く望めば手に入る。

失敗するのは

望みかたが弱いからだ”

という父の教えに従います。

少年期の海辺のシーンが良いですよ。

砂の壁をつくって水をせきとめ

ダムを作ろうとする男の子たち。

水たまりに砂をかけてもかけても

壁ができなくて皆、あきらめる。

アントワーヌだけがひたすら粘る。

どうしても完成させたい。

そして・・・

ショベルカーを連れてもどってくると

歓声をあげてジャンプする子供たち。

水をせきとめることができるなら

僕の夢もきっと叶うはず。

 

 

  感想

”女はクロスワードと同じ。

攻略法が難解であればあるほど

悦びは多い”

 

彼が生涯で好きになった2人の女性。

 

彼女たちの謎はむずかしい。

 

1人目のシェフール夫人は

オーバードーズで突然亡くなる。

「悩みなんてなさそうだったのに何故?」

2人目のマチルドを生涯の伴侶ときめ

彼女は受け入れてくれた。

店でささやかな結婚パーティをしていると

客がドアをあける。

「さえない自分を変えたい。

髭をそってほしい」

マチルドは花嫁衣裳のまま、

剃刀を持つ。

ローションを吹きかけ、

指でパタパタとタッピング。

さぁ、できました。

 

男は鏡をのぞきこみポツリ。

「変わっていない」

 

顎はスッキリしてもやはり自分だ。

うなだれて店をでていく。

 

すると、暗いムードを一掃するように

新郎がお気に入りの曲をかける。

中東の奇妙なダンスがはじまると

皆の視線が集中する。


くねくねとしなやかに手足を動かす

独特の踊りがもう最高!

憂鬱な気持ちも、

困った状況も吹き飛ばす。

悩みなんて忘れて

思わず「ふふふ」と笑っちゃう。

散髪嫌いの子どもがやってくると

「よし、僕の出番だ」

君がみたことのないものを

見せてあげよう。

アントワーヌの動きから目が離せない

男の子が可愛い。

あるときは、

「妻が3人の子供を残して家出した」

という話を客からきく。

来店するたび、

背中が曲がる客もいる。

 

「死は突然やってくる。

あっという間にお迎えだ」

 

アントワーヌは答える。

「死の味はバニラ味のレモンだ」

 

でもマチルドにはそう思えない。

今はこんなに幸せだけど

いずれは…

人の心も体も変わってしまうのね。

夫のこと、好きすぎてこわい。

互いに飽きてしまうんじゃないか。

マンネリ化がこわい。

幸せでなくなる日がこわい。

愛が枯れて、優しさだけになる前に

人生をおわらせたい。

変わっていく私たちをみたくない。

そして、ついにその日が訪れる。

 

アントワーヌは今日も

いつものソファーに座り

踊りをおどり

クロスワードを解きながら

彼女の帰りを待ちつづける。

人生はセラヴィ!

 

しみじみと良い作品でした。

 

セザール賞7部門ノミネート作品。