男の目はさがしていた。
自殺ほう助の相手を。
と同時に
生きる手助けをしてくれる相手を
求めていた。
1人目は逃げだし
2人目は宗教で説得を試みる
3人目は・・・。
 
 
桜桃の味
アッバス・キアロスタミ監督
1997年

 


 
娘の敬愛するアッバス・キアロスタミ監督。
数年前、娘が鬱病による不眠症に苦しみました。
 
昼夜を問わず襲い掛かるのは
希死念慮(自殺衝動)という
この病の特徴であるアレルギー反応でした。
 
世間の常識や理屈が通用しない発作です。
「生きたい」と本人が望めば望むほど、
「逝きたい」という誤作動が起こる。
脳の不思議です
 
脳神経がうまく動かない状態なので
大好きな読書もできず、
文章を目で追うと酔って吐いていました。
 
不眠の時期をどう過ごせばいい?
夜が怖い彼女が和む方法ってないかしら?
 
そうだ!
本の朗読なら、私も娘も楽しめるんじゃないかな。
ということで、毎晩読み聞かせをすることに。
その本は淀川長治映画ベスト1000
 
アッバス・キアロスタミとか
アキ・カウリスマキとか
ホウ・シャオシェンとか
初めてきく監督さんたちの名前に四苦八苦、、
口がまわりません(笑)
「これ、なんかの呪文!?」
ブツブツ文句いいながら、
映画の紹介文を淀川さんの語り口をマネて
毎晩読み聞かせ。
今作は本の中で紹介されていたイラン映画。
カンヌ国際映画祭 パルムドール受賞作品。
 

 

感想 

 

君がどちらを選んでも友達だよ。
 
この映画は自殺反対をうたった作品ではない。
そんな安っぽい、浅い内容ではないのです。
 
最初から最後まで名言集のような1本。
 
男の車に人々は近づいてくる
「雇わないか?」
 
でも、男はその人たちをスルーします。
 
男の目が語ります。
こいつじゃない、こいつも違う。
 
金めあてに自殺を手伝う人には
頼まない。
 
彼は無意識に選んでいるんです。
生きる手伝いをしてくれる人を。
切り出した荒れ地、
くねくね曲がる山道を
一台の車がすすむ。
車の前輪が脱輪した。
 
たくさんの人が集まってきて、頼んでいないのに
笑顔で車を引き揚げてくれる。
「ありがとう」と、男は片手をあげる。

 
彼のドライブは、人生と同じ。
 
道の途中でつまずいても
さりげなく誰かが手をかしてくれる。
 
彼は出会う人の言葉や生き方に耳を傾け
すすんでいく。
 
神学を勉強している青年に頼んでみる。
 
「神は、人に命を与え、時がくればとりあげる。
私はそのときを待てなくなった。
聖職者を目指す君ならば
私を救ってくれるだろう?」
青年は答える。
「僕にはできません。
お金の額でなく仕事の内容が問題なのです。
コーラン(経典)には
自分を傷つけてはいけないと書いてる
自殺はいけないことだと説いても
おじさんの心に刺さりません
 
戒律では自殺をくいとめることはかなわない。
 
三番目に車に乗せた人は、老人。
 
彼は桑の実の話を語りだした。
 
老人が語った言葉とは・・・。
道徳や倫理、宗教では
心が動かなかった男
車を降り、門に向って駆け出す。
 
さっきまで、
ブルドーザーが落とす大量の土砂を
羨ましげにみつめていた男。
 
そんな彼が全力で走る姿。
あぁ・・・とため息がでます。
 
このおじいさんが、何を語ったのか。。
不気味に物悲しくみえていた黒いカラスの群れが、
今は、ただの群れにみえる。

 
観客である私も主人公と同化して、
世界の見え方が変わるんです。
不思議です。
 
ラストシーンは
観客の私たちが創ります。
 
人生は、
月が雲にかくれたり、
光がさしたり、
雷鳴がひびき、
雨が降る。
それでも・・・。
君は桜桃の味を忘れられるのか。
一度人生を卒業した気になって
大地に横たわってみるのもいい。
そして、再び歩きだすのもいい。
 
 
 
映画を鑑賞した後に、
 
私が娘に伝えたかったことを、
ようやく話しました。
 
「あなたが
生と死のどちらを選んだとしても
そんなことで
あなたの価値は変わらない」
 
※2019年1月の記事を再編集