異文化交流と銃社会を考える
異色サスペンス。
目撃者
ピーター・ウィアー監督
1985年
ハリソン・フォード
ケリー・マクギリス
ルーカス・ハース
社会派ドラマとして味わい深い名作。
あらすじ
母子が伯母の家へいくため
村を出て列車に乗る。
ところが!!!
彼が街のトイレで目にした光景、
それは・・・殺人だった。
感想
冒頭シーンから引き込まれます。
少年がトイレの個室で用をたしていると、
物音が。
扉の隙間から少年の瞳がのぞく。
犯人が個室の扉を
一つずつ開けていく…
近づいてきた!見つかる!どうしよう!
小さな鼓動が聞こえてくるような
息詰まるスリル!
前科ファイルをみせられます。
この中にはいない。
そして少年の視線がとまる。
刑事ジョンが凍りついた顔でみつめ
これは厄介なことになったぜ。
アーミッシュの人々は
文明社会と距離をおく暮らしをしています。
電話もない、TVもない、
車もない、先進医療もない、
そして銃のない生活です。
少数が偏見をうけるのは
都会でも村でも同じ。

このあたりの描き方(‐^▽^‐)

一番心に残ったのは
少年とお祖父さんの会話。
「銃というものは、
人の命を奪うためにあるものだ。
人の命を奪っちゃいけない。
それを許されているのは神様だけだ」
「ぼく、悪い人だけとたたかうよ」
「悪い人かどうか、外見でわかるのかい?
心の中まで見えるのか?
銃でたたかわなくても
他に方法があるはずだよ」
ミニマリストとか
シンプルライフという言葉があるけれど、
銃を断舎利できる時代がきたらなぁ
と思える場面。
観光客にからかわれる村人。
刑事がとった行動とは。
ジョンには銃がない。
村人たちは
思いもよらない方法で













