クロワッサンを手に、黒いサングラス長手袋の美女が宝石店の前にたたずむ。
誰もが知る有名なオープニングです。
しかしこの場面の本当の意味ヒロインが語ります。
「ティファニーを見つめるのは
不安につぶされそうな自分を忘れたいから
「ティファニーで朝食を」ブレイク・エドワーズ監督1961年
オードリー・ヘプバーン、ジョージ・ペパード
(画像お借りました)


【あらすじ】
天真爛漫なパーティガール、ホリー。
刑務所で老人と面会し、合言葉を伝えることで報酬を得ている。
彼女のアパートに新しい住人が引っ越してくる。
売れない作家ポール。彼にはスポンサーの女性がいる。
 
られることを嫌うホリーと、女性にわれているポール。
2人は互いの生活に干渉せず、親しくなっていく。
ある日、ホリーの夫と名乗る男性が訪ねてきて・・・

【感想】
本当の自由とは?

私が20歳の頃、今作のヒロインが嫌いでした。
気まぐれで無邪気、チャーミングだけど日和見暮らしの女性。
「な~んだ、単なるファッション映画か」そう誤解していました。
娘が成人して再び鑑賞して、
印象がガラリと変わりました。

彼女のセリフをよく聴いてみると
赤い気分になったことある?
ブルーな気分は、ただ悲しいという気持ち。
赤い気分わけもなく不安でたまらない気持ち。
そんなときはティファニーを見るの。
すると日常を忘れられる。不安が消えるのよ。」
 

そっかぁ・・・
どんちゃん騒ぎしている彼女は本当の姿じゃないんですねぇ。
先のことを考えないように暮らしているんだなぁ。

一番好きなシーンはバスの停留所の場面。
テキサスで獣医&農場を経営する夫、ドクがNYへやってきた。

「一緒に農場へ帰ろう」ホリーに言う。

「私はもうルラメイ(本名)じゃないの。
怪我をした動物も元気になれば、
森や空へもどっていくわ
。」

強い決意をみせるホリー。
ドクは肩を落とし、バスに乗る。
車の窓に腕をのばし、ドクの手を握るホリー。
「お願い。わかって。
愛しているけど、もうルラメイじゃないの。私、わったの」
大きな瞳がうるむ。
ドクへの感謝と申し訳なさ、そして過去の自分との別れ

ドクはホリーの身を案じながら、黙ったまま・・・バスは動きだす。
何度みても素敵な名場面。

終盤はどしゃ降りの雨ホリーの心模様も荒れています。
震える指で口紅を塗り、たばこをふかす。

ポールは言う。
「君は自由にこだわって、自分で作った籠から出られない。」

自由とはこうあるべきという固定観念にしばられ、
動けなくなっている彼女。


自由でいるために愛のある結婚なんてできない。
誰かに縛られたくない。
気まぐれ気ままにふるまうわ。
家族や社会、貧しさ・・・いろんな枠を超えて生きていくの。
猫は自由だから名前なんてつけない。名無しよ。

名前をつけて飼うということ。そこには責任が生まれる。
責任は、自由の足を引っ張る
だから、猫ちゃんは好きなようにどこでも行ける。行ってもいいの。

でも。。指輪をはめた瞬間

自分の本当の気持ちに気づく。
雨の中を飛び出すホリー。
彼女が手に入れたかったものは愛する自由

2人と1匹をムーン・リバーの調べが優しく包む。


ヘンリー・マンシーニの音楽が素敵です💓


※2018年5月4日に掲載した、オードリーの誕生日にちなんだ感想です。
 再編集してUPしました。