雪まつりの雪像が出来て来た震災が起こる前までは、自衛隊を雪像作るだけの無駄な者って言う
人もいた。

訓練なんだと私も解らなかったが、陸前高田にボランティアに行って始めて気がついた。寸分も漏らさず捜索して、その跡を見違えるように掃除していた。

二つ目の画像は、陸前高田の高田高校から撮った映像です。

グランドに釘一つ落とさないように綺麗にしてます。

高田高校の中も探した跡を綺麗に掃除してました。

これほどの事をする必要があるのかというぐらいです。

捜索で、どれだけ丁寧に扱ったのか想像出来ました。

この雪像を作っていた真駒内の自衛隊員、旭川の隊員が被災地で殉職しました。

何故殉職したのかは、出来上がった雪像を是非見てください。謎がとけます。

それだけ細密に骨惜しみせず必至に被災地で闘ったからなのです。

こんな話があります。

自衛隊が瓦礫除去をしていた時、瓦礫の山をぞんざいに放り投げていた隊員にあるベテラン隊員が激怒した。
「バカ野郎!俺達にとっては瓦礫の山に思える物でも被災者にとっては大事な物かもしれないんだぞ!」
その言葉を聞いた隊員はなるべく丁寧に瓦礫除去を心がけた。
その後しばらくして自分の家の様子を見に来た被災者が崩れ去った我が家の様子に愕然とするも、
家の傍らに泥だらけになりながらも綺麗に畳まれていた布団の姿を見て号泣。
その様子を遠くから見ていた隊員は、改めて「救助」とはどういうことなのかを理解した。


私は、殉職して残された子供たちに是非とも雪像を見て誇りに思ってもらいたい。

君達のお父さんは、すごいことを成し遂げたんだよって。





自衛隊が雪像を作れる状態って幸せなんですよね。こんな言葉を吉田元総理が残してます。

君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく、

自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。

御苦労だと思う。

しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。

言葉を換えれば、君達が日陰者である時の方が、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい。

一生御苦労なことだと思うが、 国家のために忍び堪え頑張ってもらいたい。 自衛隊の将来は君達の双肩にかかっている。 しっかり頼むよ。 

1957年(昭和32年)3月26日 防衛大学校 第1期学生 卒業式にて吉田茂 元内閣総理大臣 訓示
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