人間は難しい:難しい事はわからないけど簡単な事だけだと伝わらない
最近は2日に1冊のペースで本を読んでいます。紙媒体って良いですね!そんなこんなで、今回もブログを書いていこうと思うんですが別の名義で文字を書くお仕事が進みまして一記事について6000文字ほど書いてみたんです。もちろん誤字脱字を訂正してくれる人が、間に挟まっているんですけどね思ったよりも褒めて貰えて嬉しいですね照れに近い何かもあるんですけど、このブログもそうですが、自分が感じている事について、説明と感情で書いているそれの目的は解決であるなのでボンヤリとした出来事に疑問を持つので、語彙化や国語化されているこれが令和に刺さるんですってキラーワードが度々出ているんだそうです。では、今回は何が褒められてどうして褒められるのかを書いてみようと思います。表現の自由まず僕のワードで褒められたワードを書いてみます。【頭がいいか悪いかを測る物差しが短絡的になってきている】【僕はバカに嫌われる】【バカは要約できないから話が長い】【性格も品格も人間の格の話をしている事に気がついて欲しい】こんな感じのタイトルの中で「誰の評価も得てないくせに、他人を評価する側に回ろうとする愚か者で世の中は溢れている」「毎回その時必要な知識だけ仕入れて、体型的に学んでいないなら、それは知識とは言わないよネットで見た雑学を知識と勘違いしているタイプ、それで褒めてくれるのはお母さんだけだよ」「喋るのが下手な人より、他人の話を遮ってでも喋り続けようとするのが癖になってる人の方がコミュ障です。コミュ障というよりは害と言った方がシックリくるかもしれないです。」「根本的な話なんですけど、頭がいい人の思考方法とか、お金持ちの考え方みたいな動画や本を数本数冊見て「あー自分とおんなじだ!」て共感する人のほとんどに言えるんですけど、行動が伴っていないと一緒じゃないんです。「他人に文句を言うのも資格がいると思うんです。何を言うかより誰が言うかみたいな風潮があるでしょ?つまりどの口が言っていいのかも視界に入れたらいいんです。資格のない人の言葉は現象しか捉えれていないので軽いんです。軽いから腹が立つ」「何者でもないのに安定とかを大事にしようとするの超笑える」「頭の回転なんか早い人が増えてきてるので、大事なのは回転の速さよりも回転の質だと思うんです。」「結局、暇な人や需要のない人の方が、物事の価値をボンヤリとしか捉えられていないんで時間がないんです。」なんか、この辺の言葉が良いっぽいです。凄く漠然と思う事がありましてそれを書いてみますね僕の思うこと哲学ってあるでしょ?考える力が強い人で、知見も広くて、視座も高くて、知識量も膨大な人達この人たちを偉人と言ったりもすると思うんです。世界4大哲学者を四聖と言うんですけどね孔子・釈迦・ソクラテス・カント。この人たちは現代を生きる人たちの、考え方の礎にもなっていて、答えに限りなく近いことを、額面上沢山残してくれているわけです。凄い人たちだと感じる反面・孔子で紀元前551年生まれ・釈迦で紀元前5世紀ごろ・ソクラテスで紀元前470年ごろ・カントで1724年これで分かるように、カントは若いですが時代がどれだけ便利になっても、我々の悩みなんておおよそ2500年くらい変わってないんですよそれに哲学で言ったらポジティブの偉人・アラン・マルクス・アリストテレス・キルケゴールネガティブの偉人・カフカ・アルトゥール・エミール・ニーチェこの人達は、同じ年代に生まれて、全員で1ヶ月話し合って答えを出してくださいと言ったら何回か殴り合いになるんじゃない?更に四聖を入れたら話は進まなかったでしょでも、ポジティブでも生きるし、ネガティブでも生きるのよこの「生きる」は結果論で良いの、気が付いた人から、なりたい方向に進んだら良いと思うの生きるのは上限が必ずあるので、身を入れ始めたら単純なことではないので表裏や陰陽が成長と諦めを生んで、生まれたものの産声に可能性とネーミングして、経験にネガティブな意味つけとポジティブな意味つけをして摩擦もあって、摩耗する部分も出来て、性格があって、憧れも生まれて心に抑揚や躍動や高揚が生まれて価値観がアップデートされるわけじゃん?見てきた物が違うから、感じ方が違うからネガティブにも、ポジティブにも偉人が生まれるわけです。ネガティブの偉人も冗談を言う日があったでしょうしポジティブの偉人も悲しい日があったでしょうそれで良いんです。良いんですが、いつまでも2500年程前の言葉に引っ張られて2500年の間の分を語彙化してくれたアドラーやマズローもいますがそれでも日本だけでも年間で、自殺する人は約3万人以上いるわけです。僕の今日は、両親がマジで生きたかった1日なので、なるべく無駄にしたくないと僕は勝手に思っているんです。なので無茶をします。なので無理をします。これが僕なりの学びです。この生き方は、生きているので疲労ができます。疲労する日はなんでもない日から遠いと思っています。実働したから信頼が生まれるし、結果が出て実りが時間差があってもきます。なので誰とも話さない日がないです。他人の言葉は自分を成長させてくれます。その結果、育まれた心の形が独特の思考を生んで、言葉になって文字になって需要になりました。結局、暇な人の方が時間がないんです。僕は他人に価値を見つけるのが多分上手なんです。マジで「お陰様で」と思っているからだから、本人よりも相手を信じるし、結果的に「親よりも親切な人」と複数から言われるちなみに同じことをあなたは言われたことがありますか?なくても良いんですよ僕は勝手に他人の可能性を諦めないだけですので、これはサガであり性格であり癖です。もちろん僕にも上手くいかない日もあります。空回って空回って残念な日も沢山あります。それでも自分に期待する事をやめないです。多分、みんなよりも激的に頭が悪いからです。【諦めの気持ちが根を上げるまで】やるんです。諦めの気持ちが根を上げると、もう1つ上がる物があることを知っています。それは自分の価値です。価値も値を上げます。これはやり続けた人しか理解出来ない物であり、お金では買えないし奪えない価値になります。嗅覚の鋭い人はそこを嗅ぎ分けます。きっと、ネガティブな人が嘆いて、それを聞いたポジティブな人が解決をしようとしてその過程を何もしない人が批判をして、批判した人が「便利だ!」と言いふらして世の中に浸透していくんです。ポジティブな人の痛みは語られないんです。はじめに嘆いた人の痛みも語られないんです。ただどちらも存在するそこで傍観者にならない、やるならど真ん中に居るそれを迷惑はかかりつつも、誇らしく感じてくれる人がいるそれで漠然とした不安を殺す【豊かさ】や【幸せ】は自力で生み出せるんだと思います。僕はなるべく他人のファンタジーに踊らない自分の幸せな空間は自分で作って、共有して広げていきたいそうし続けていると、他人の努力や積み重ねたモノの深い部分や痛みまでを一緒に喜べるじゃないですかなので「誰の評価も得てないくせに、他人を評価する側に回ろうとする愚か者で世の中は溢れている」とか「何者でもないのに安定とかを大事にしようとするの超笑える」とか僕は言います。自分には子供もいないけど子供をやった事はあるんで、子供が見てカッコいいおじさんではありたいんです。まぁ大体、どのご家庭のお父さんより事実としてカッコいいんですけどね圧倒的にカッコ良くありたいんです。大人になって自分の家の親が圧倒的にカッコいいことが理解出来たのでそのバトンは渡されて、僕が愚かなばかりに僕が拙い部分が多いがあまりに、実力と人気不足で遠回りをしたんですけどその遠回りの中にしかなかった大事なものを沢山与えて貰えました。最後にまとめに入ります。まとめ超漠然とまとめるとですね【人間は難しい】これにつきます。正解はないけど、失敗は無数にあるし失敗を失敗のまんまにする人も多いなんか歪な形がハマり合う人間も出てくる完璧な人間なんていないし今の時代に釈迦やキリストが生まれてもねみたいな世の中じゃん?結局人間は見たいものを見たいようにしか見ないんだから見方くらいは整えていたら良いんじゃないだろうか?とは思います。その見方が評価されてしまったから、いきなり住みやすい世の中になってしまう一例がここにいる訳だし世の中は何が起こるのかわからないけど思ったようによりも、やったように出来ているのは確かです。僕も拙いところだらけで矮小な人間ですがとりあえずは、引き続き好きな人や仲間を沢山作れるように励みます。皆さんも良い1日を引き続きお過ごしください今回はここまでです。でわでわ