ホットロードってマンガ知ってますか?20年くらい前かな~別冊マーガレットっていう少女マンガで連載されていたマンガなんです。作者⇒「紡木たく」
結構リアルな不良少年と少女の恋愛話なんです。高校生の時に授業中に読んでいて涙が止まらず先生に怒られたことがあります。それくらい感動的なんです。
とまあマンガのような感動はないかもしれませんが・・・人生色々ありました。そんな色々なことを綴っていけたらいいかなと思ってブログをとりあえず立ち上げました!
強制禁煙の馴れの果て!
今日、仕事忙しかった。
そのせいで煙草が吸えなかった。
おっ、いい感じかも。この忙しさに感謝。煙草吸いたいと思わないくらい忙しい時間帯が過ぎていった。
夜12時、暇になった。
煙草買いにコンビニへ。
吸った。おもいっきり吸い込んだ!
強制禁煙終了。
果て無き禁煙大作戦は、まだまだ続くかも・・・
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禁煙開始だ、このやろう!
身体がだるい。
思考能力が低下。
すべて煙草のせい。
禁煙開始だ、このやろう!
15分後・・・
無意識に吸っていた。おもいっきり吸い込んでいた。
禁煙終了・・・
果て無き禁煙大作戦はおそらく続く・・・
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結婚そして離婚-時を巻き戻せたら-
覚醒の瞬間!爆音小僧伝説!後編が全く書けていません。フフッ(TωT)情けなさ過ぎて涙も出ません・・・![]()
そしてこの話も一話で完結させるには無理がある。約6年間くらいの話だから。でもね、覚醒の瞬間!爆音小僧伝説!で気付いちゃった。俺って長編は書けないってこと。ハハッ(°∀°)b だから無理やり一話で完結だから、じゃっかん無理が生じてるかも・・・そのあたりは予めご了承くださいってことで!
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今、謝りたい。あの頃のこと。ごめんって。謝って済まないこともたくさんあると思う。でも謝りたい。
ごめん。
この話は俺が23歳前後の時の数年間の話です。結婚した女性の名前はアコ。一つ年下の清楚な女性だ。本当に俺にはもったいないくらい出来た嫁だったのに・・・
出逢ったのは、俺が20歳くらいの頃。
当時、俺は倉庫業をしている会社の営業所で働いていた。本社は別の場所にあって、他にも営業所があった。まだ若かった俺は社内で一番年下だった。
たしか俺が働いていた営業所の社員は5~6人くらいで、パートのおばちゃんが数十人いた。
おばちゃんたちには、息子のように可愛がってもらっていた。
ある時、倉庫の入口で作業をしていると、若い女の子が俺に声をかけてきた。
若い女の子「すいません、面接にきたんですけど、どこに行けばいいんですか?」
無愛想な俺「えっ、あー待って・・・」たったそれだけかよ!みたいな台詞を言った。
そして俺は事務所の所長に
「面接の人が来てますけど」と言い、女の子には「事務所に行って」とだけ伝えた。
何文字だ!?俺がその子にしゃべったの何文字だ!?句読点入れても20文字以内。片言しか喋れない中国系もしくは東南アジア系の外国人に見えただろうか。
なんて不甲斐ない
シャイにもほどがある:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
そして、その女の子は同じ営業所で働くことになった。それがアコだった。
当時、俺にもアコにも彼氏、彼女がいたので初めの頃はアコのことを女として、そんなに意識はしていなかった。
でも、年が近かったせいもあって昼休みなどにしゃべる機会が多くなっていった。
仕事が終わると俺は毎日のように、当時付き合っていた彼女の家に通っていた。家とは反対方向にあったので、ガソリン代などが大変だった。それも惚れた弱みというやつだろう。
当時付き合っていた彼女は、どちらかというとヤンチャ系のヤンチャ姫みたいな子だった。アコとは正反対の子だった。だからアコの清楚な感じがとても新鮮に感じたのかもしれない。そして徐々にではあるが心が奪われていくこととなる。
しばらくそんな日が続いたある日、俺は仕事をやめる。そして地元の同級生の紹介でホテルのコーヒーショップのウエイターをすることとなる。そして、しばらくしてアコも俺の紹介で同じホテルの宴会で働くこととなる。
まだ、この時点では、お互い彼氏、彼女はいたと思う。
そう、そして一回、それぞれの彼氏、彼女と別れて付き合ったことがあった。
でも、すぐに別れた。一週間くらいで。確かそのときは俺から別れを告げた。何か物足りなかった。前の彼女がヤンチャだっただけに、真面目なアコではつまらなかったのだろう。
別れを告げた場所は、アコの実家のマンションの前。
じゃあな、バイバイって車に乗って、走り出した時のバックミラーに映るアコの寂しそうな姿を今でも覚えている。
でも、同じホテルで働きだし、また一緒にいる時間が長くなるにつれ、心は完全にアコに奪われていった。
前の彼女と色々なことがあって、別れて、悲しみのどん底にいた俺を支えてくれたのもアコだった。
もうこいつしかいない。そう思わせるだけの出来た女だった。仕事もできるし、頭もいいし、料理も上手でケチをつけるところがなかった。やることなすこと綺麗で華麗。ひたむきさが素敵で無敵といった感じ。こういう奴にはかなわなかった。
そして、一緒に住むこととなる。そして入籍。
でも、これが間違いだったのかもしれない。
なぜかと言えば、仕事も正社員ではなかったし・・・←ちなみにアコには非はない。俺にだけ非があったので、そのあたりが間違いだったのではないかと・・・
結婚生活については、機会があればちゃんと書きたいと思う。
とりあえず、おままごとだった。そんなおままごとが通用するほど世の中甘くなかった。
世間知らずの俺なんかが、大黒柱になんかなれるはずもなかった。
自分に自信がないまま、入籍して普通の精神状態でいられるわけもなかった。
そして、俺の中で何かが壊れていった。
その何かが壊れていくのを、食い止めることが出来なかった。
あまりにも未熟だった。
そして、毎日のようにイライラする日々がやってきた。
八つ当たりだ。ターゲットはアコしかいなかった。
あの優しいアコに暴力を振るっていた。嫌いだったわけではない。もちろん好きだった。ただアコのすることや言動に何故かイラつく。
今でいうDV(ドメスティック・バイオレンス)というものだったかもしれない。
当時、自分自身では気付かないものである。
ただ、常に何かにイラついていたのは、なんとなく覚えている。
こんなことを続けていたら、どうなるかくらいは今だったらわかるし、絶対にしない。
でも女だから暴力を振るったら駄目とは思わない。時と場合によっては、それも必要な場合もあるとは思う。ただ理不尽な暴力は決してしてはいけないと思う。
でも俺がしていたのは理不尽極まりない暴力と暴言だったと思う。最低だ・・・
何かがギクシャクしてきていた。
俺から少しずつ離れていくアコの心を俺の五感が微妙に感じとっていた。
でも、そのときの意地っ張りの俺はそんなことには気付かないふりをするだけで精一杯だった。
何も知らないふりをして目を伏せた。自分の本当の気持ちを伝えられない自分がもどかしかった。
本当は、暴力とか、暴言とか、そんなものは自分自身が一番嫌だった。それを素直に伝えられない情ない自分がいた。
心が苦しかった。心の奥底では叫んでいたのに・・・伝えなければいけないことを伝えないまま無情にも時は過ぎ去っていった。
そう、時として人は、自分の気持ちをうまく動かせないことがある。そしてその不器用さが仇となった。
離婚。アコから口から告げられた言葉だった。
一瞬、目の前の景色が、アコの姿が涙でぼやけそうになった。目が潤んでいることに気付かれないように、ぐっと全身に力を入れた。本当は心が凍りついたかのようになり、ガタガタ震えそうになった。だけど、さりげなく出来るだけクールに「しょうがないな、わかった・・・」とだけ言った。
するとアコは泣き出した。俺は「わかったから泣くな、俺が悪いねんから泣かんといてくれ。」と言った。
アコのそのときの心の中は俺にははっきりとはわからない。わからないが、悲しい想いをさせてしまったことだけは事実だ。
そして俺はそれ以上何も言えなかった。
数週間後、俺が家にいない間にアコは家を出て行った。
俺が全部悪かった。だから自業自得だった。俺の悪いとこは素直に謝って、アコとの生活をもっと大事にするべきだった。
離婚後、1人の生活が始まった。
毎晩、家で1人の時は酒を浴びるように呑みながら泣いていた。それしかできなかった。
そんなある日、車でアコと二人で走ったことのある道を1人で走ってみた。走りまくってみた。
黄昏に沈む夕日に照らされたいつもは見慣れた街並みがそのときの俺の目には寂しく映った。
いつもと同じ景色のはずなのになぜか違って見えた。
色んな二人の出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。楽しかったこと、喧嘩したこと、悲しませたこと・・・そんな日々はもう巻き戻せない。そんなことを思った瞬間、景色が涙でぼやけて崩れていった。
雨でずぶ濡れになって、公園の砂場で泣きながら砂を掘っていた幼い頃の自分を思い出していた。
そう、あの時と同じ。まさに悲しみの果て。
まだ5歳くらいだった頃、一番仲が良かった幼なじみのシズカちゃんが引っ越していったあの時。
シズカちゃんが引っ越しする日、親同士の挨拶が終わり、車に乗り込むシズカちゃん一家。
車の窓からシズカちゃんが「バイバイ・・・」と泣きながら言った。
車が走り出す。泣きながら追いかける幼い俺。追いつくはずがない。
追いついたとしても、引越しという現実は覆らない。
でも追いかけることしか出来なかった幼い俺。
次の日、雨の中、いつもシズカちゃんと遊んでいた公園の砂場で泣いていた幼い俺。
泣きながら、シズカちゃんと一緒に遊んでいたことを1人でする幼い俺。
幼くて、何も抵抗できずに、ただただその現実を受け止めることしか出来なかった。いやっ、受け止めきれてはいなかった。
大人の都合で、幼い子供の心にはあまりにも大きな悲しみだったのであろう傷跡を残した。
それが、今でもトラウマとなっている。
悲しいことがあると、必ずこの時の光景が脳内でフラッシュバックする。
ただ、アコとのことはなんとかしようと思えばなんとか出来たはずだった。幼い頃とは違い、もう大人だったんだから。
でも、時既に遅し。もう何もかも無理だった。
そして何もかもいいように考えられなかった。
もう死のう・・・そんなことも脳裏をよぎったこともあった。
そんなことを考えていたからなのか、不思議な現象が起きたことがあった。
元カノ(ヤンチャ姫←このときは既に結婚していて子供もいた、そして旦那とも面識あった状態)やおかんから電話があって、同じことを言われた。
俺が同じ日に二人に電話をして、俺もうあかんわの一言だけ告げて電話を一方的に切ったというのだ。
えーーー俺、電話なんかかけてないし。本当にかけていないのに、そんな内容のことを言われたことがあった。
当時はあまり深く考えなかったというか、もう考える気力すらなかった。でも今考えると生霊か?と思ってしまう。
それは、さておき・・・
戸惑いと溜息混じりの日々が続く毎日。それでも人は生きていけなければならない。愚かな生き方をした馴れの果てという現実がどうであれ、使命なのか運命なのか、よくわからないが死んではいけない。生きなければならない。
生きるということから逃げてはいけない。自分が犯してしまったすべての出来事に責任を持たなければいけない。
とりあえず、生きてたらいいことあるかな・・・
俺を好きになってくれる女、また現れるかな・・・
悲しいことばっかじゃないよな・・・
毎日のように、自問自答のようなことを繰り返す日々だった。
そして、なんとか悲しみという世界の出口が見えた頃、アコとのことは思い出という宝物に変わった。
今では笑って話せる友人の一人と言っても過言ではないかもしれない。
P.S.
本当に、アコにもアコの家族にも申し訳ないことをしたと思っています。ごめんなさい。
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覚醒の瞬間!爆音小僧伝説!前編
かなり昔のお話なので、思いだしながら書いてます。だから更新も遅い・・・←言い訳です。
伝説って、それ言い過ぎ!間違いなく言い過ぎ!誇大広告になっちゃうから!JAROが警告っちゃうから!まあ広告じゃないんだけど・・・
でも伝説って書いたほうが、なんかすげーかもって思うでしょ。だから伝説って書いてみたyo。
でもねー本当にねー当時ねーすげかった!何がすげかったってねー上の人達がすげかった!上の人達って先輩方のこと。そんな上の人達に出会った頃、いやっ、出会ってしまった、ある意味人生最大の汚点、我生涯に∞片の悔いあり!の中の最大と言っても過言ではない悔いの中の悔いだったかもしれない頃のお話です。←楽しかったし、根はいい人多かったんだけどね♪
当時、地元では原チャリを改造して峠を攻めるなんてのが流行ってた。同じ中学の仲間10人前後が毎日のように同じ場所にたむろしていた。
その頃は平和。暗黒の世界とは無縁。純粋にバイクが好きだった仲間だけが集まってたような感じ。メカに詳しい奴なんかもいたりして、どのような改造をしたら、より最速マシンを造れるかといった内容だった。みんな原チャリだった。スクーターもいれば五速ミッションの原チャリもいた。スクーターはYAMAHAのチャンプやJOG、HONDAのDJ1、その他もろもろ(ちょっと名前忘れた・・・)五速ミッションの名前については全て忘れた・・・記憶の衰えを感じる今日この頃・・・右脳ちゃんか左脳ちゃんか海馬ちゃんか、誰の役割かしらないけど、ちゃんと記憶しておいて欲しいものだ。
毎日のように集まり、グネグネ道を見つけては、その道を攻める。山なんかにもよく行った。週末には大阪府池田市にある五月山を攻めに行った。五月山は展望台なんかもあってデートスポットなんかにもなっているから、車の方が多いくらいだった。五月山はコース的に面白いコースだったので何回行っても飽きなかった。
※現在は確か2輪車は通行禁止だったような気がするので、もし行く人いたら確認してから行ってね♪
平日は学校終わって更にバイト終了後、だいたいコンビニか近所の近隣センターかツレ(友達)の家の前にたむろしていた。そして平日は少し遠出(どこかの山)といった感じだった。
ちょうどその頃、ツレ(友達)数人が400ccのバイクを購入しはじめた。←やはり、はっきりとした時期は思い出せない・・・
CBX400F、XJ400、GPZ400F、ZGP400など。
はじめは当然ノーマル、どノーマル。ノーマルとは改造など一切していない状態。
しかし、徐々に改造していくことになる。いわゆる違法改造。自己満足の何者でもない。後々、他人に対して、はた迷惑な、しかも無駄な改造で費用的にも無駄使いだと気付くこととなる。時すでに遅し・・・後の祭り・・・ブタもおだてりゃ木に登る←これは違うな。
改造の中でも、マフラー交換というのがまず最初の改造だった。ノーマルマフラーから集合マフラーへ。そしてハンドルやミラーなど・・・
とにかくマフラーのサウンド(音)を聞くのが、なぜかしら興奮を覚えた。でも、この時点では違法改造とは言えず、ごく一般的な改造、普通の子でもやってるような改造だった。
原チャリは原チャリで楽しみながら、中型で遠出などもするようになった。
そんなある晩、CBX400Fを乗っていた、ツレ(友達)が俺に言った。
ツレ「今から暴走いこや」
俺「はっ?」
このときはたまたま二人で遊んでいた。
確かコンビニ前で、二人で缶コーヒー飲みながら、しゃべってただけ。
そして、ツレは単車を置いていた団地の裏にある自転車置き場に俺を連れて行った。
その時のツレのCBXにはRPMという集合マフラーが取り付けられてただけの、見た感じ暴走族とは無縁の外観だった。
ツレは家に工具を取りに行き、戻ってきたかと思えばすぐにマフラーのサイレンサーを外しだした。どういう状態だかわかります?いわゆる直管というやつです。
直管の音を聞いたことがなかったわけではない。ただ聞いたことがあると言っても、遠目で見たときに聞いたことがあるだけ。実際に自分が乗っている単車を直管にしたときの音など想像すら出来なかった。
そして外し終わってツレが単車を押し出した。俺にも後ろから押してくれと言ってきたので、押すのを手伝った。
ツレに聞いた。
俺「どこまで押すん?」
ツレ「もうちょっと向こうまで」
俺「もうええやろ?」
ツレ「いや、まだ。近所迷惑になるから」
暴走族でも近所迷惑は考える。全然知らない人達の迷惑は一切考えないのにご近所さんには嫌われたくないんです。
あと、親に心配かけたくないとか。
で、家から離れた場所で二人とも単車に乗った。
ツレ「足の裏でマフラー塞いで」
俺「こうか?」
ツレ「そう、俺がもういいって言うまで塞いでてや」
俺「了解!」
家から離れたといっても、まだ近所なので足で塞いで音を消すということだ。
エンジンかけた!足の裏が熱い!足で塞いでいるので、音はこもった音。隙間から廃棄ガスが漏れる音。
CBX400F、RPM直管が走り出した。熱い!まじで熱い!
俺「まだっ?足熱いねん!」
ツレ「もういいぞ!」
塞いでいた足を外した!その瞬間、すごい爆音!
ボーーーボンボーーー!!!
当時、なんの目標もなく、毎日なんとなく生きていた。単車に乗って遊んで楽しかったのだが、なぜか虚しいし、悲しいし、寂しいしみたいな、なにかよくわからない状態で生きていた。
でもその瞬間、鳥肌がたった。そして俺の中で何かが変わった・・・To Be Continued
おとん(父親)伝説短編~タクシードライバーに無理難題!~
覚醒の瞬間!爆音小僧伝説!がまだ書きあがってないんですー(#⌒∇⌒#)ゞおそっ!遅すぎっ!って思った方はこちらをクリックしながらおとん伝説をどうぞ⇒
俺がまだ小学生の頃の話です。
えーたしか小6くらいのある雨の日曜日。その頃、少年野球チームに入っていたので普通だったら野球の練習日。
でも雨で休みになった。
おとんが朝から起きてきて「雨かー」そして俺に「サウナいこかー」って言ってきた。
サウナ?なんじゃそりゃ?ってな感じ。なんか聞いたことあるけど、よくわからなかった。
おとんのいきつけのサウナは大阪梅田の東通りにある「ニュージャパン」というサウナだった。
まあいいや、暇やし面白そうやから連れていってくれっ!と上から目線で言ってやった。
頭はたかれた(T_T)
そして、サウナでは酒とか呑むからという理由でタクシーで行った。
通常、千里の桃山台というところから大阪梅田まで新御堂筋で約20分くらい。
でも混んでいた、爆裂渋滞だった。その頃まだバブル真っ只中!
すごかった、渋滞。梅田まで1時間以上。電車で行けば15分。電車で行くべきだった。
時既に遅し。俺は車酔いする子だった。
これだけ言えばもう結末わかっちゃた?わからない人のために一応書くヨ。
車酔いが始まった・・・
いたいけな俺「おとん、やばい・・・吐きそう・・・」
おとん「大丈夫か、うんちゃん(運転手のこと)もうちょっと、はよ行ってえやー!うちの息子がこないに苦しんでるやんけー」と言いたい放題。
運転手「お客さん、見てわかる思うけど、渋滞してまんねん!無理いわんといてください!」とじゃっかん怒り気味。
これがおとんの怒りの導火線に火をつけちゃった。もっと言うと導火線まわりにガソリン撒いて火を一気に放っちゃった。
これで、またおとんが闘鬼と化した。
おとん「おまえ、プロやったら片輪走行せんかい!」と運転手の首を絞めながら吠えた!
もう吐きそうな俺「やめてーお父さんーやめてー」みたいな・・・
とりあえず俺が我慢して俺が運転手に謝って、その場はやり過ごせた。
おとんと運転手は火花バチバチだったが、特に事件とかにはならずに済んだ。
俺がおとんに言いたいのは、どんな車のプロでもF1ドライバーだろうが、スタントマンだろが、片輪走行で渋滞の道を走ることなんてできねーできるわけねー馬鹿か、おまえは!ってこと。ほんとっ、勘弁してください。
子供のことを思っての行動だと思うが、他人のことも考えてくださいってことがその頃のおとんに言いたかった。
終わり。
