言葉の魔法

言葉の魔法

2011年に息子が11歳、娘が9歳の時に離婚。

保育士とし働く傍ら
真言宗の本宗籍、阿闍梨として仏様にお仕えしています。
嫌な事も大げさに楽しむことでポジティブに変える事で人生楽しむ
そんな自己満足があってもいいんじゃないかという
そんなブログです。

 

 

 

訪れてくださって、ありがとうございます。
僧侶であり、保育士でもある私が、
子どものこと、人の心のこと、日々のあれこれを綴っています。
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保育園や子育ての中で、こんな場面ありませんか?

ブロック遊びをしていた子どもが、何やら一生懸命作っている。
「先生、見て!」
できあがったものを見ると……
 

……銃です。あるいは剣。

そして、しばらくすると始まります。
「バーン!」
「待てー!」
楽しそうに走り回る子どもたち。

でも、そこで先生や大人がちょっと困ります。
「人に向けないよ!」
「危ないからやめようね」
「そういうものは作らないよ」
「何回言ったらわかるの!」

そして、また「バーン!」

……。

これ、4~5歳くらいになると、かなりの「あるある」ではないでしょうか。



クローバー 作ることまで禁止する?

武器に見立てたものを作る遊びは、子どもにとっては単純に「暴力的な遊び」というわけではありません。

ブロックを組み合わせて、

「これは銃!」

「こっちは剣!」

と、頭の中にあるイメージを形にする。

そこから、

「敵が来た!」

「こっちから逃げよう!」

「やっつけた!」

と、友達とイメージを共有しながら遊びが広がっていく。

そこには、想像力や見立てる力、言葉でやり取りする力、友達と世界観を合わせる力があります。

だから私は、銃や剣を作ること自体を禁止する必要はないと思っています。

ただし、作ることと、人に向けて使うことは別の話

ここは、きちんと線を引きます。

 

 

クローバー「何回言っても聞かない!」になる理由

大人が困るのは、「人に向けないでね」と言っても、またやること。
 

「やめようね」と言っても、またやる。

「危ないよ」と言っても、「バーン!」


そして、だんだん大人の声も大きくなっていきます。
「何回言ったらわかるの!」
「もう没収!」
「そんな遊びはやめなさい!」
子どもは一瞬止まります。
でも、少しするとまた始まる。

これも、よくある光景です。

なぜでしょう。

もしかすると、子どもは

何がダメなのかではなく、先生に怒られただけを受け取っているのかもしれません。

「銃を作っちゃダメ」
「戦いごっこはダメ」

というルールだけが残ってしまうと、

「じゃあ、どう遊べばいいの?」が分からない。

「遊び方」を教えるといいんじゃないかと思います
まず作ったこと自体は否定しません。
「おお、かっこいいの作ったね」と、そこは認める。

そのうえで、人に向けたら、
「人に向けて撃つのはやめようね」と伝えます。

そして、

「人に向けたら、撃たれた人は怖いし、嫌な気持ちになるよね」

「でも、銃を作って遊ぶことがダメなわけじゃないよ」

「空に向かって撃つならいいよ」

「誰もいないところに向かって撃つならいいよ」

と、代わりにどうすればいいのかを伝えます。

もちろん、実際の環境や園のルールによって、できる遊び方は違います。

大切なのは、「ダメ」で終わらせないこと。

「こうしたら遊べるよ」

まで伝えることです。



それでも繰り返すときは
2~3回声をかけても繰り返すときは、私はそこで少し距離を置いて、本人としっかり話します。
みんなの前で大きな声で叱るのではなく、
「ちょっと先生とお話ししよう」と呼びます。

そして、
「先生は、銃を作ることがダメって言ってるんじゃないよ」
「でも、人に向けて撃つのはダメ」
「どうしてだと思う?」
と、一緒に考えます。

そして、「じゃあ、どうしたら遊べるかな?」と聞く。

子どもが答えられなければ、大人が具体的な方法を伝える。
ここで一度、きちんと話します。


すると、不思議なことが起こります

その後、その子は遊びながら、ときどきこちらをチラッと見ます。

そして、人に向けるのをやめる。空に向ける。

誰もいない方向に向ける。

あるいは、撃つ真似だけにする。

そんなふうに、自分で遊び方を調整していくことがあります。

私は、そんなときに必ず声をかけます。
「今の遊び方、正解!」
「ちゃんとお約束守ってるね」
「ありがとう」
これ、大事だと思っています。
「やっと守ったね」ではなく、
「今できていること」をちゃんと伝える。



「怒られないため」ではなく「自分で考えるために」

保育の中では、「何度言っても聞かない」
という場面がたくさんあります。

そんなとき、つい
「どうしたら言うことを聞かせられるか」
を考えてしまいます。

でも、本当に育てたいのは、
大人の言うことを何でも聞く子ではなく、自分で考えて行動を調整できる子

だから、「ダメ!」だけではなく、「なぜダメなのか」
「じゃあ、どうしたらいいのか」を伝える。

そして、できたときには、「できたね」と認める。

これを繰り返していく。

最初は先生の顔をチラチラ見ながらでもいい。
「これでいいんだよね?」と確認しながらでもいい。

そのうちに、「人に向けるのはやめよう」
と、自分で判断できるようになればいい。

クローバー 遊びを禁止することと、安全を守ることは同じではない

子どもの遊びには、大人から見ると「ちょっと困るな」と思うものがたくさんあります。

でも、困るから全部禁止
にしてしまうと、子どもが遊びながら学ぶ機会まで奪ってしまうことがあります。
大切なのは、遊びそのものを奪うことではなく、安全に遊ぶためのルールを教えること

銃を作ることが問題なのではない。
剣を作ることが問題なのでもない。
ごっこ遊びをすることが問題なのでもない。

人に向ける。
相手が嫌がっているのに続ける。
実際に叩く、突く、傷つける。

そこには、きちんと「やめよう」という線を引く。

そして、「じゃあ、どうしたら遊べる?」を一緒に考える。

子どもの「やりたい」を守りながら、大人が「ここからはダメ」という境界を教える。
その両方があってこそ、子どもは少しずつ、
「自由に遊ぶ」と「何をしてもいい」は違う

ということを学んでいくのだと思います。

 

 

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職場の駐車場利用の許可申請書を提出した時のことです。

任意保険の期限を書く欄があったので、何も考えず書いてある通りに記入。
コピーも添えて提出しました。
ところが数日後、「この保険、期限切れてますよ」

……なんと(笑)

慌ててコピーをし直して、もう一度提出スター

ところが今度は、期限の書いていないコピーを提出えー

……私、何してるんでしょう(笑)

そして上司から、
「ふうたまさんは、あわてんぼうさん?」
と笑いながら言われました。

「いや……あわてんぼう……というか……」
と少し考えた結果、
「どちらかというと、何も考えていません(笑)」
と答えました。

すると大爆笑。

「いやー、それはーダメ(笑)」と言われました。

無事、3度目の提出で完了しました爆  笑

 

 

クローバー 私が気にしたのは、失敗そのものではなかった

実は私、今回のことでそれほど失敗したこと自体は気にしていません。
「やっちゃったなー(笑)」くらいです。

問題は、「ダメ」という言葉でした。
私は昔から、否定の言葉に弱いところがあります。
たった一言でも、
「ダメ」
「違う」
「そんなこともできないの?」
と言われると、そこから心の中で反省会が始まる。
「やっぱり私ってダメなのかな」
「相手はどう思ったんだろう」
「嫌な感じに思われたかな」
と、言われた言葉以上のものまで自分の中で膨らませてしまう。

 

私は私で、あわてんぼうかもですぐらいで答えておけばいいのに

正直に何も考えていないと答えてしまう脳と口が直結しているのもよろしくないのですがあせる

だから、以前の私だったら、
「いやー、それはーダメ(笑)」
という一言を、家に帰ってからも思い出していたかもしれません。


今回は、自分からほかの職員に笑い話として話しました。

「実は私、保険の期限切れてるのにそのまま書いて出してたんですよ(笑)」
「しかも次は期限のないコピー出しちゃって(笑)」と。

すると、みんな笑ってくれる。私も笑う。
「あー、やっちゃったねー(笑)」という話になる。

それだけで、なんだか気持ちが消化されました。
「あの『ダメ』って言葉、嫌だったな」
という気持ちを、自分の中だけでぐるぐるさせずに済んだんです。



クローバー「失敗を認める」って、案外強い

自分の失敗を認めることって、「自分を下げること」ではないんですよね。

むしろ、「はい、これは私のミスです(笑)」
と自分で認めてしまうと、他人からの評価がそれほど怖くなくなる。

今回も、「何も考えてませんでした(笑)」
と自分から言ってしまったことで、場が笑いになりました。

もちろん、次からはちゃんと確認します(笑)

でも、「失敗した私=ダメな人」ではありません。

ただ、「今回は確認しなかった私が、ちょっと抜けてました」

それだけです。



クローバー 自分で笑える形にしてしまう

人から「ダメ」と言われたとき、その言葉をそのまま心の中に置いておくと、

どんどん大きくなることがあります。

「ダメ」

↓

「私ってダメなのかな」

↓

「また失敗した」

↓

「嫌われたかな」

……と、心の中で勝手に話が進んでしまう。

だったら、

「いやー、私やらかしまして(笑)」

と、自分から話してしまう。

誰かが笑ってくれたら、

「あー、もういいか(笑)」

となる。

失敗そのものは消えません。

でも、その失敗についた感情を、自分の中から外へ出すことができる。

これは、私にとって結構大事なことなのかもしれません。



クローバー「自虐」と「笑いに変える」は、ちょっと違う

自分のことを笑いにするというと、「自虐にならない?」と思うこともあります。

でも私は、今回、「私ってダメな人間なんです」
と言ったわけではありません。

「こんな失敗しちゃいました(笑)」
と言っただけです。

自分を傷つけるための笑いではなく、
自分の失敗を、自分で回収するための笑い。

そんな感じでしょうか。



クローバー「ダメ」と言われた自分を、どう扱うか

もちろん、人から「ダメ」と言われることを全部気にしなくなる必要もないと思います。
仕事で改善しなければならないことなら、ちゃんと受け止める。
間違いなら、直す。
次は確認する。
でも、言われた言葉まで、自分の価値にしなくていい。

「ダメなところがあった」と、
「自分はダメな人間だ」は違います。

今回の私は、そこを少し切り離せた気がします。

「いやー、ダメって言われちゃった(笑)」
「まあ、実際ちょっと抜けてたし(笑)」
「でも、3回目で終わったからいいか(笑)」

そんなふうに、自分で自分を回収できた。

以前だったら、きっと心の中で何度も反芻していたと思います。

でも今回は、笑って話して、消化できた。

失敗を認めることも大事。
そして、その失敗を誰かに話して笑えることも大事。

そして何より、

人から投げられた「ダメ」という言葉を、そのまま自分の心に住みつかせないこと。

これも、自分を守るために覚えておきたいことだなと思いました。

ちなみに駐車場の申請書は、3度目で無事完了。

次はちゃんと保険の期限を確認します。
 

 

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以前働いていた園で、朝礼のときに園長先生から、こんなお話がありました。

「先生たちの私語が多いようです」

そして続けて、

「子どもたちの発達を考えると、先生同士ではなく、子どもたちにしっかり声をかけて、言葉を交わしてほしいです」

というお話でした。

そのとき私は、

「ああ、子どもたちのことをよく考えている園長先生なんだな」

と思いました。

職員の私語を減らしたい、というだけなら、
「仕事中のおしゃべりはやめましょう」で終わる話です。
でも、その理由が、「子どもたちの発達のため」だった。
そこに、子どもたちへの思いが感じられたんです。

 

 

 

ところで、「私語」ってどんな話なんでしょう?
ちょっと気になりました(笑)
「私語が多い」と言っても、その内容はいろいろありますよね。

「昨日のテレビ見た?」
「今日のお昼何食べよう?」
みたいな、本当に仕事とは関係のないおしゃべり。
それなら確かに、勤務中にずっと続いていたら問題になるでしょう。

でも、「○○ちゃん、今日は少し機嫌悪そうだね」
「さっきの遊び、楽しそうだったね」
「次の活動どうする?」
「この子、最近こんな言葉が増えたよね」という会話だったら……。

それも「私語」になるのでしょうか。
もちろん、子どもたちの前で職員同士が話し続けていて、子どもへの声かけが減っているのであれば、そこは見直す必要があります。

でも、職員同士の会話=悪いものではないと思うんです。

むしろ保育では、職員同士が子どもの様子を共有することも大切です。

 

合格子どもは、大人の会話をよく聞いている

保育園の子どもたちって、大人が思っている以上に周りの会話を聞いています。

先生同士が話していると、「先生、何話してるの?」と入ってくることもあります。
大人同士の会話を聞いて、
「○○ちゃん、今日お休み?」
「先生、昨日○○した?」
なんて、話題に入ってくることもあります。

 

大人の会話を拾って真似してごっこ遊びを展開することもあります。

だからこそ、大人同士で話している時間を、子どもとの言葉のやり取りに変えていく
という考え方は、確かに大切なんだと思います。

たとえば職員同士で、「今日、暑いね」と話していた時間に、
「○○ちゃん、今日は暑いね。汗いっぱいかいたね」
と子どもに声をかける。

「先生、眠いね」ではなく、
「○○ちゃん、ちょっと眠そうだね。大丈夫?」
と子どもの様子に目を向ける。

ほんの一言でも、子どもとの言葉のやり取りになります。

 

 

合格「声をかける」って、何でもいいわけではない

ただ、ここで私が思うのは、
「子どもにたくさん話しかければいい」ということでもない
ということです。

「上手!」
「すごい!」
「できたね!」
「何作ったの?」

と、ずっと声をかけ続ければいいわけではありません。

子どもが集中して遊んでいるなら、あえて見守ることも必要です。
逆に、子どもがこちらを見ている。
何か伝えようとしている。
遊びを見てほしそうにしている。
そんな瞬間には、しっかり言葉を返してあげる。

私は、「子どもに声をかける」というより、「子どもから出ているサインに気づいて、言葉を返す」
ことが大切なんじゃないかなと思っています。

 

合格「私語を減らす」だけではなく、「子どもとの会話を増やす」

同じことを伝えるにしても、
「先生たち、私語が多いのでやめてください」
だけだと、職員は、
「しゃべらないようにしなきゃ」と思います。

でも、
「子どもたちの発達を考えると、先生同士ではなく、子どもたちにしっかり声をかけて言葉を交わしてほしい」
と言われると、
「じゃあ、今この時間に、私は子どもたちとどんな言葉を交わせるかな?」
と考えることができます。

同じ「私語を減らす」という話でも、ずいぶん印象が違います。
禁止するだけではなく、
「何を大切にしたいのか」を伝える。
これって、保育でも大事なことだと思います。

 

 

合格大人同士の会話も、子どもとの会話も

もちろん、保育士だって人間です。
ちょっとした雑談をすることもあります。
職員同士で笑うこともあります。
それ自体が悪いとは思いません。
むしろ、職員同士が必要なことを話し合えたり、子どもの姿について共有できたりすることは、よりよい保育につながります。

ただ、その時間、子どもたちはどうしている?と考えてみる。

クローバー職員同士の会話に夢中になって、子どもからの「見て!」を見逃していないか。


クローバー子どもが話しかけているのに、「ちょっと待ってね」が続いていないか。

クローバー大人同士で話すことが当たり前になって、子どもへの声かけが減っていないか。

そこを振り返ることは大切なのだと思います。

 

 

合格子どもにとって、先生との会話は「発達の材料」

子どもは、先生との何気ないやり取りの中でも、たくさんの言葉を学びます。
「今日は暑いね」
「昨日より葉っぱが増えたね」
「○○ちゃん、これ見つけたの?」
「どうしてそう思ったの?」
「先生にも見せて」

そんな何気ない会話の積み重ねが、

 

スター言葉を知ること。
スター自分の気持ちを伝えること。
スター相手の話を聞くこと。
スター「どうして?」と考えること。
スター誰かとやり取りすること。


そういうものにつながっていきます。

だから、「先生同士のおしゃべりを減らしましょう」という話の奥に、
「その分、子どもたちとたくさん言葉を交わしてほしい」
という思いがあるのなら、私は素敵な視点だなと思います。


合格「ダメ」より、「何のために」が伝わると変わる

保育でも、子育てでも、
「やめなさい」
「ダメ」
「しちゃいけません」

だけでは、なかなか行動は変わりません。

「なぜなのか」
「何を大切にしたいのか」
「代わりにどうしたらいいのか」

そこまで伝わると、子どもも大人も、自分で考えやすくなります。

「私語をするな」ではなく、

「子どもたちの言葉を育てるために、子どもたちとの会話を大切にしよう」

だったら、保育士としても意味を考えながら行動できます。
以前働いていた園で聞いた、何気ない朝礼での一言。

私は今でも、「子どもたちへの思いがあるからこその言葉だったんだな」と思っています。

そして同時に、
「……でも、先生たちの『私語』って、具体的にどんな内容だったんだろう(笑)」
とも思っています。

保育の世界。

大人同士の会話も、子どもとの会話も、

どちらも大事ですからね。
 

 

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