帰るべき場所、圭太の言葉に導かれ|ママたちはエルメスを隠せない 第913話
衝撃の事実を知り、家を飛び出した氷川瑞希。
絶望に沈む彼女を救ったのは、
恋人・圭太の真っ直ぐな言葉だった。
血の繋がりよりも深い、
十八年間の「家族の記憶」。
トップスターとしてのリスクを顧みず、
圭太は瑞希を連れて彼女の自宅へと向かう。
夜の街を並んで歩く二人が辿り着く、
本当の居場所とは。
家族の絆を再確認する、運命の帰還劇を描く。
前話はコチラ
止まった時間と、鳴り止まない振動
瑞希は圭太の胸に顔を埋めたまま、
ただ時が過ぎるのを待っていた。
圭太もまた、彼女を包み込むように
抱きしめたまま、何も言わずにいた。
部屋の加湿器が微かな音を立て、
窓の外では遠く車の走行音が聞こえる。
ほんの数時間前までは、
スタバでキャラメルマキアートを楽しみ、
一人きりの時間を満喫していたのに。
一通の書類が、色鮮やかだった世界を
瞬時にして灰色に塗り替えてしまった。
世界がひっくり返るとは、
まさにこのことだった。
バッグの中でスマホが何度も震え、
暗い部屋の中で着信を
知らせる光が漏れている。
それが両親からの必死な叫びなのか、
事務所からなのか。今の瑞希には、
それを確認する気力すら残っていなかった。
ただ、この静寂の中に溶けてしまいたかった。
圭太の決断:逃げないという選択
沈黙を破ったのは、圭太だった。
「瑞希、行こっか」
「え?……どこに?」
瑞希が掠れた声で顔を上げる。
泣き腫らした瞳は赤く、
いつも凛としている
彼女の面影はどこにもなかった。
「どこにって、
瑞希の家に決まってんだろ」
「でも……私……
どんな顔して会えばいいのか……」
首を振る瑞希の言葉を、
圭太は力強い口調で遮った。
「『でも』じゃねえよ。瑞希の家だろ?
それに……もう、分かってんだろ。
おじ様やおば様が、
どんな思いで瑞希を
育ててきたかってさ。
いつ言おうか、どう伝えれば
お前を傷つけないか、
ずっと迷ってたんだよ。
それは、お前も分かるよな?」
「……うん……っ」
瑞希の瞳から、
また新しい涙が溢れ出した。
圭太の言う通りだ。
パパもママも、いつだって自分を
一番に考えてくれた。
その愛情に、一片の嘘もなかったことは
瑞希自身が誰よりも知っている。
「今、家で絶対に心配してる。
瑞希、お前の親は誰だ?
今、真っ先に頭に浮かぶのは誰だよ」
「……パパと、ママ……」
「だろ? そこにどんな複雑な事情が
あったとしても、
全部受け止めるしかねーだろ。
逃げんな。瑞希らしくねぇぞ」
「圭太……」
「ほら、行くぞ! 荷物は俺が持つから」
夜の街、リスクを超えた絆
立ち上がろうとする圭太の袖を、
瑞希が不安げに掴む。
「でも、二人で外を歩くのは……
もし見つかったら……。
圭太まで、変な風に言われちゃうよ」
「んなこと言ってる場合じゃねーだろ。
それより大事なことなんて、
今は一つもねぇんだよ。
週刊誌がなんだよ。
お前の人生の方が、よっぽど大事だ」
圭太の断固とした、
それでいて深い慈愛に満ちた口調に、
瑞希は吸い込まれるように頷いた。
夜の帳が下りた街を、
二人は歩き出した。
重いスーツケースを引く圭太の後を、
瑞希が寄り添うようにしてついていく。
トップスターの「氷川瑞希」が、
この夜更けにマネージャーもつけず、
大学生の男と連れ立って歩くこと。
それが何を意味し、
どれほどのリスクを孕んでいるか。
しかし、前を歩く圭太の広い背中
を見つめていると、そんな世間の目や
ネットの喧騒など、
今の自分には何一つ関係のない、
ちっぽけなことに思えた。
門標に刻まれた、自分の名前
角を曲がれば、いつもの家が見えてくる。
見慣れた街灯の光、
そして自分を慈しみ
育ててくれたあの家の屋根。
瑞希は震える呼吸を整えながら、
自分の帰るべき場所へと一歩ずつ、
その歩みを進めた。
スーツケースがアスファルトを
叩く音が、静かな住宅街に響く。
圭太の手が、瑞希の震える手に
そっと重ねられた。
「大丈夫だ。俺も、一緒に行くから」
その温もりに支えられ、
瑞希は玄関の前に立った。
『氷川』という表札。自分が十八年間、
何の疑いもなく名乗り続けてきた、
大切な家族の名前。
瑞希は震える指先で、
インターホンへと手を伸ばした。
ーつづくー
*このお話はフィクションを含みます。
エルメス、オラン風サンダルです。
エルメスバッグの底鋲保護に
【あとがき:第913話を振り返って】
今回は、絶望の底にいた瑞希を
圭太が引き上げる、
非常に重要な回となりました。
圭太の「お前の親は誰だ?」という
問いかけは、血縁という法的な事実よりも、
共に過ごした時間の重みを瑞希に
再認識させるものでした。
トップスターとしての立場を捨ててでも
瑞希を守ろうとする圭太の
男気が光りましたね。
さて、インターホンを押した先
で待っているのは、涙に暮れる両親。
ついに氷川家の「真実」が語られる時が来ました。
シルバーアクセのお手入れに



