墓前の誓い、青山の空に抱かれて|ママたちはエルメスを隠せない 第921話
出生の秘密を太田に打ち明けた氷川瑞希。
一晩中泣き明かした代償として
仕事はリスケとなったが、
それは瑞希にとって自分を取り巻く
「プロの愛」を再確認する機会となった。
育ての両親、そして信頼するスタッフと
共に訪れた、実母・水川雅子の墓前。
都心の喧騒を忘れさせる
青山霊園の静寂の中で、
瑞希は亡き母に感謝と決意を捧げる。
血縁と絆、二つの愛が溶け合う
感動の墓参エピソードを描く。
前話はコチラ
事務所の決断と、親子の再確認
事務所からの指示で、瑞希は予定よりも
随分と早く自宅へと戻った。
玄関の鍵を開けると、
リビングから母・恵子が
驚いた顔で駆け寄ってくる。
「瑞希、どうしたの? お仕事は?
まだ昼過ぎじゃない」
「ダメだって。今日の私の顔、
コンディション最悪だからって。
太田さんに思いっきり怒られちゃった」
瑞希は力なく笑いながら、
リビングのソファに座り込んだ。
奥から顔を出した父・和也も、
不思議そうに問いかけた。
「もう帰ってきたのか?
あれほど気合を入れて出かけていったのに」
「リスケだって。
今日の私の顔じゃ先方に失礼だって、
太田さんが……。
それからね、パパ、ママ……」
瑞希は一度言葉を切り、
二人の目を真っ直ぐに見つめた。
「太田さんが、どうしてそんなに
目が腫れるまで泣いたんだって聞くから……
私、話したよ。太田さんに、全部。
私のルーツも、本当のお母さんのことも」
和也は一瞬だけ目を見開いたが、
すぐに納得したように深く頷いた。
「……そっか。太田さんには、
知っておいてもらった方が
いいだろうしな。」
「太田さん……泣いてたよ。
でも、私、やっぱり太田さんでよかった。
厳しいけど、私のことを
自分のことみたいに考えてくれてる……。
だから、もう大丈夫」
和也と恵子は、娘の逞しい成長を
感じさせるその言葉に、
安堵の微笑みを浮かべながら何度も頷いた。
青山霊園、都会の静寂に吹かれて
「明日、マーちゃんの墓参りに行くか!」
和也の提案に、
瑞希は「うん。ちゃんと報告しなきゃだね」と
力強く答えた。
そして翌日。一行は、都心の中心に
ありながら深い静寂を湛える、
青山霊園の氷川家の墓所を訪れた。
六本木ヒルズや赤坂のビル群が見えるこの場所は、
かつて時代の寵児として銀幕を彩った
水川雅子が眠る場所として、
あまりに相応しい気がした。
澄み渡った春の空の下、
和也、恵子、瑞希の家族三人に加え、
そこには正装した太田と田中の姿もあった。
太田は、自分がかつて憧れ、
そしてその衝撃的な幕引きを目撃した
伝説の女優・水川雅子の墓前に
立つということで、
いつになく緊張した面持ちで
背筋を伸ばしている。
墓石を丁寧に清め、
瑞希が選んだ色鮮やかな花を供える。
線香の煙が静かに、
透明な春の空へと昇っていく。
その香りに包まれながら、
それぞれが胸の内で、
かつてこの国中を沸かせた
稀代の女優への報告を済ませていく。
墓前に捧げる、最初で最後の呼びかけ
瑞希は墓前で膝をつき、目を閉じ、
静かに手を合わせた。
石に刻まれた文字を見つめるのではなく、
その向こう側にいるはずの女性へと語りかける。
(マーちゃん……。
私、パパとママと一緒にいて、
今とても幸せだよ。心配しないで。)
瑞希の脳裏に、記憶のない実の母の、
あの凛とした、けれど慈愛に満ちた
笑顔が浮かんだ気がした。
(今、私はあなたと同じ世界で生きています。
あなたの背中を追いかけて、
芝居をしています。
どうですか?
私、ちゃんとできてますか? )
風が吹き、瑞希の長い髪を揺らした。
青山の高い木々がざわめき、
まるで母が優しく頭を撫でてくれたような、
不思議な温もりが頬をかすめる。
(これからも、ずっと見守っていてね。
私を産んでくれて、
本当にありがとう。……お母さん)
その心の声は、柔らかな春の風に乗って、
天国へと届いていくようだった。
迷いなき瞳、新たな一歩
顔を上げた瑞希の瞳には、
もう昨日までの迷いも澱みもなかった。
実の母を「お母さん」と呼び、
育ての親を「パパとママ」として慈しむ。
二つの大きな愛を同時に
抱える贅沢を、
瑞希は自分に許すことができた。
「瑞希、行こうか」
和也が優しく声をかける。
「うん。太田さん、田中さんも、
ありがとうございました」
太田は瑞希の肩に手を置き、短く答えた。
「いいえ。……雅子さんには、
しっかり伝えておいたわ。
瑞希は私が責任を持って、
日本一の女優にするって」
血の繋がりを超えた愛と、
遺伝子に刻まれた情熱を胸に、
瑞希は明日からもまた、
自分だけの物語を刻み続けていく。
墓所を後にする五人の背中を、
春の太陽が眩しく照らし出していた。
ーつづくー
*このお話はフィクションを含みます。
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【あとがき:第921話を振り返って】
出生の秘密を巡る一連の物語は、
この青山霊園への墓参りをもって
一つの大きな区切りを迎えました。
都会の真ん中にありながら、
どこか浮世離れした美しさを持つあの場所は、
伝説の女優が眠るに相応しい舞台です。
実母・雅子の墓前で、
瑞希が「お母さん」と心の中で
呼びかけるシーンは、
彼女が己の宿命を受け入れ、
次なるステップへ進むための
儀式でもありました。
育ての両親との絆、そして太田社長の決意。
すべてが「瑞希を守る」という一つの目的に
向かって結集した瞬間です。
シルバーアクセのお手入れに



