沈黙のメッセージ、汐留の巨人たちの戦慄|ママたちはエルメスを隠せない 第929話
 

 

 

氷川瑞希の笹崎建設CM起用を受け、

業界最大手・廣報堂の役員室には

緊張が走っていた。実父同然の深い絆を

持つ笹崎会長、そして育ての父・和也が経営する誠広。

その包囲網を前に、和也があえて動かず「不戦」を

選んだ真意を高木たちは見抜く。

それは、娘の未来を人質にした、

静かなる脅迫に近い信頼の提示だった。

広告界の巨人たちが、一人の女優を輝かせるために

プライドを賭けて動き出す、

最高峰のビジネス対峙を描く。

 

 

前話はコチラ

 

 

 

 

 

汐留の沈黙:氷川和也の計算

汐留にある廣報堂本社ビルの役員室。

厚い絨毯に足音が吸い込まれるような

静寂の中で、三人の男が向き合っていた。

 

廣報堂の役員室でCMの事について語る3人

 

「娘の瑞希が笹崎のCMに出るというのに、

 誠広の氷川社長は動きなしですか」

 

渡辺が、どこか拍子抜けしたような、

あるいは訝しむような声を出す。 

業界の常識であれば、これほどのビッグ案件、

身内のコネを使ってでも自社へ

引き込もうとするのが経営者の性だ。 

しかし、和也は一向に動く気配を見せない。

窓の外を見つめたまま、

常務の高木が静かに口を開いた。

 

「いや、あえて動かなかったんだろ。

 ……賢明な判断だ。仮にあちらが動いた場合、

 我々としては、何らかのアクションを

 起こさないとならなかったからな」

 

「それは……報復、ですか?」

 

「あからさまに言うなよ。

 ま、そういうことだ」

 高木は苦笑いにも似た表情を浮かべた。 

 

「だが、そうなれば我々だって

 相応のリスクを背負う。

 泥仕合は誰も望んでいない。

 これは、ある意味で

 氷川社長からのメッセージだな」

 

 

突きつけられた条件:信頼という名の重圧

高木は椅子を回転させ、

二人に鋭い視線を向けた。

 

「『業界のルールは守る。

 だから娘には最高級の舞台を用意しろ』

 ……それが彼が沈黙と引き換えに

 我々に突きつけた条件だ」

 

その言葉に、役員室の空気はさらに密度を増した。 

自分たちの目先の利益を優先せず、

娘を守り、同時に廣報堂という巨人に

巨大な『貸し』を作った。 

誠広の看板を完全に外し、

瑞希を純粋な一タレントとして

あえて敵陣とも言えるこちらへ預けてきたのだ。

 

「これ以上の信頼の示し方はない。

 同時に、これほど

 恐ろしいプレッシャーもないぞ」

 

部屋には、氷川和也という男の底知れない覚悟が、

目に見えない圧力となって漂った。 

彼が誠広の社員たちの反発を

抑え込んでまで守り抜いた「筋」は、

今、廣報堂の喉元に鋭い刃として突きつけられている。

 

 

廣報堂のプライド:失敗は許されない

高木は手元の資料を指で叩く。

「打ち合わせの日程は?」

 

「ええ、早速二日後に」

 

関根が手帳を確認しながら即答する。 

高木は深く頷き、声を低めた。

 

「これは、絶対に手を抜けないぞ。

 相手は笹崎だけではない。

 広告業界全体がこのキャスティングの

 裏側を注視している」

 

かつてない異例の座組みだ。

競合他社の社長の娘を、最大手の廣報堂が手掛ける。 

もしクオリティが低ければ、

廣報堂は「器の小さい会社」と揶揄され、

氷川和也の深謀遠慮に

応えられなかった無能を晒すことになる。

 

「瑞希という才能がここまで輝いたのだと、

 世間を、そして競合他社を

 完璧に納得させなければならん」

 

 

気を引き締める関根と渡辺

 

高木の言葉に、関根と渡辺は表情を引き締めた。

廣報堂のプライドと、誠広の社長が託した親心。 

それらが複雑に絡み合い、

一人の女優・氷川瑞希を、

かつてない高みへと押し上げようとしていた。

 

二日後。 広告業界の歴史に刻まれるであろう、

運命のキックオフミーティングが始まろうとしている。

 

 

ーつづくー

 

*このお話はフィクションを含みます。

 

 

 

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【あとがき:第929話を振り返って】 

今回は、誠広の和也の「不戦」という決断を受け、

廣報堂の幹部たちがどのように動揺し、

そして覚悟を決めたかを描きました。 

和也の沈黙は、廣報堂にとって

「最高の仕事をしろ」という無言の圧力であり、

同時に自分たちを信頼してくれたことへの

重いギフトでもあります。 汐留の巨人たちが、

一人の若い女優の背後にいる父親の影に

これほどまでに戦慄し、敬意を払う。 

これこそが、和也が赤坂のオフィスで

独り戦い抜いて作り出した「瑞希のための舞台」

なんですね。 プロ同士の、言葉を使わない真剣勝負。 

ついに瑞希がこの巨人たちと相まみえます。

 

 

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