SFの、未来の夢の技術的な、キラキラしたものに見えてるかもしれないけど、正直なところ、SFの主たる手法である「現実の一部を変容させることで、現実を異化し、語る」の延長線上の「人間の本質を異化することでテーマを語る」ための手法に過ぎないのだよな。
目の前にいる人間と置き換える、「私にとってひたすら都合のいい『人間』」を欲してるだけだと、まぁ、気づかんか。
アシモフのロボット三原則だって、そもそも、なんでもありなSFでミステリーが書けるか? から、縛りを設けることによって書ける、って主張するためのものだったわけで。
「どのように人間を認識するか」
「認識機構が壊れた場合、どう検出できるか」
等々、フェイルセーフに考えると、てんでお話にならん。
のに、鼻息荒くロボット三原則の絶対性を主張されても、(-_-) という表情しかできねぇ。
ロボットはいくらでも平気で人を殺せるんだぜ。