人型ロボットとかアンドロイドとかって | 熱脳しゃちょのブログ

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おせっかい焼SE兼プログラマ兼……の辛い日々と、思う事なぞ

SFの、未来の夢の技術的な、キラキラしたものに見えてるかもしれないけど、正直なところ、SFの主たる手法である「現実の一部を変容させることで、現実を異化し、語る」の延長線上の「人間の本質を異化することでテーマを語る」ための手法に過ぎないのだよな。

目の前にいる人間と置き換える、「私にとってひたすら都合のいい『人間』」を欲してるだけだと、まぁ、気づかんか。

 

アシモフのロボット三原則だって、そもそも、なんでもありなSFでミステリーが書けるか? から、縛りを設けることによって書ける、って主張するためのものだったわけで。

「どのように人間を認識するか」

「認識機構が壊れた場合、どう検出できるか」

等々、フェイルセーフに考えると、てんでお話にならん。

のに、鼻息荒くロボット三原則の絶対性を主張されても、(-_-) という表情しかできねぇ。

 

ロボットはいくらでも平気で人を殺せるんだぜ。