生きづらい告白がすごく多くなってる気がする。
んだけどさ、人の能力なんで凸凹があるわけで。
その意味で言えば、おいらだって生きづらさは、ある。
おいらは人の名前も顔も覚えられないから、クライアントのお偉いさんと3回名刺交換してブチ切れられたことがある。
「君、失礼だよね」
とか言われて。
コメカミに青筋が立つって、こういうことか! って感心するほど、キレてた。
「いやぁ申し訳ありません。システム開発の能力が高い分、記憶は苦手なんです」
みたいなこと言い返して、さらに血圧上げさせてみたり。
3年お世話になっていた指導教授の名前を、夏休み明け思い出せなかったこともある。
本棚の、2冊以上並んでいる本を探して、著者名が教授の名前だと推理して、挨拶した。
バレてたけど w
方向音痴で、うまく辿り着く時もあれば、辿り着かないこともある。
基本的に、事前に下見していた。
しょっちゅう、迷子になってた。
帰り道がわからなくなったり。
行きたい建物があそこにあるんだけど、なぜか間に川が流れてる……、とか。
こっちはスマホのおかげでかなり楽になったけど。
車の運転は、車幅感覚が鈍いのか鋭いのかわからんけど、ギリギリを通るので、路上ではすれ違うタクシーの運転手にクラクションを鳴らされまくり、教習指導員さんに「外では運転しないように。君は事故らないでしょうけど、あなたの後ろで事故が起こる」とか言われたりした。
無事ペーパー。
パワポ作業も苦手。
頭の回転に、手もソフトもついてこれないから。
基本、若手に投げる。
子供の頃は、発達障害的というか、クラスで浮きまくってた。
「落ち着きがない。先生の話を聞かない。」
6年間書き続けられた言葉。
幼稚園の頃、おいらの母、心配して保健所(?)とか走り回ったらしい。
覚えてないけど。
中学時代にはクラスメイトにいじめられもした。
教師からも結構酷いことされた。
今だって友達は少ない。
研究者目指してみたり、小説書いてみたり、声の仕事してみたりしたけど、どれもこれもダメ。
まぁ、そんなもんよ。
苦手だなんだがあるのは普通。
苦手の度合いも差があるのは普通。
向き不向きがあるのも普通。
普通なんよ。
一人でなんでも全部やれる。やろうってのがそもそもの間違いで、思い上がりも甚だしいと思ってる。
「××さんは〇〇やらないでいいのに、どうして僕はやらなきゃならないんですか?」
みたいに文句言われることがある。
××さん、それ苦手だからな。
やらせて効率が落ちるより、免除して得意なことに集中してもらった方がチームのアウトプットが増えるからそうしてる。
でもそれが理解できない思い上がりバカがどうしてもいるんだよね。
自分は一通り人並みにできる?
他人よりちょっとできる?
人並みに「しか」できない、他人より「ちょっと」しかできないんだよ、お前は。
お前、おいら並みの設計やれるか? w
経験が足りないから無理?
経験があればできるとか考えてる?
おいら、10代前半から、いろんなシステムの全体設計からやってきてるけど、経験なんて関係なかったぞ。
言い返してみろ w
一人でできないなら、チームでやればいいだけよ。
お互い、得意不得意があるんだから、うまいことフォローし合えば、成果は上がる。
発達障害だけで構成されたチームがすごい、とかいう紹介がされてたでしょ?
そういうチームを作るのが企業の責務なんだけどねぇ。
全方位無難だけど、小さくまとまった人間をたくさん用意したところで、突破力のかけらもないんだから。
キムタク10人用意しても、ドラマは作れない。
そういうチーム作りをやれる人を、探すなり育てるなりして、リーダーに据えるのが、チームビルディングの第一歩だよ。
「俺は、リーダーの熱脳しゃちょ。通称ハンニバル。システム構築と人材育成の名人。俺のような天才策略家でなければ、百戦錬磨のつわものどものリーダーは務まらん」
みたいな感じ。
「能力の」凸凹を組み合わせる、ってのが本来の「多様性」だし、全体を見れる、できる人は、凸凹を組み合わせて、チームをうまく導く義務がある。
ただそれだけの話。
リーダーは、数字だけ見て周囲に当たり散らすのが仕事じゃねーんだよ。
数字を上げるために、チーム内の組み合わせを試行錯誤するのが、足りないピースを探すのが仕事なんだよ。
ADHDとか境界知能とか、何をテーマにしてもいいんだけど、自分だけがしんどかったり悩んでたりするわけじゃねーんよ。
みんな、なんかしらしんどかったり悩んでたりするんよ。
一見普通そうな顔してるかもしれんけど。
もちろん「俺は……賢い!」みたいな身の程知らずもいるけどさ w
これ苦手だなー、って自覚があるならヘルプを求めておけばいいし、それをフォローしてくれるチームなら大事にすればいいし、迷惑がるようなら河岸(居場所)を変えることを考えればいい。
どこかにいいチームがあったりするから。
できないことについてあれこれ攻撃してくる奴はね、まぁ、絶対いるよね。
でもそれは、そいつが人格的にも能力的にも器が小さすぎるうんこなだけ。
哀れなうんこちゃんなわけ。
そいつもまた、しんどかったり悩んでたりするんだ。
気にするな。
あれもこれもそれもできない、って思うかもしれないけど、自分で自分の特性を客観視できてないだけかもしれない。
思っても見なかったことやったらハマる、みたいなことは珍しくない。
おいらはシステム系だから、もし他の分野の方が特性が活かせると思ったら、そういう忠告もする。
チーム内で抱えることが至上命令、とは考えていない。
それでも、あれもこれもそれもできない。迷惑をかけてばっかり。って思うかもしれない。
おいらはそういう時は、前世で何か助けてもらったか、来世で助けてもらうことになるかもしれない。今生ではたまたまフォローする役回りになっただけ。と思ってる。
まぁ、私は助けてもらう「権利がある」とか、「当然だ」みたいにされたら、うんざりはするけどな。
「ありがとう」って言うたびに、自分の中の何かが減る、奪われる、みたいに考えるアタマオカシイ人、哀れな人もいるけど、相手が人間だって認識しています、って程度の、「おはようございます」とか言う言葉と変わらない言葉なんだから、気持ちよく言えるようになっておいた方がいいと思う。
日本の古い考え方、合理的やろ?
どうして廃れたんだろうね。
おいらは、価値がない、的な物言いが理解できないんだよね。
適材適所と言いながら、人事、なにしてんの! って言いたいことは、とてもとてもたくさんある。
凸凹の大きい人ほど、フリーランス的に孤立させるんじゃなく、積極的に安定したチームに招き入れるべきだと思ってる。
能力を補完できる人と組みやすいから。
まぁ、今時の経営者は理解できないだろうけどね。