いい小説を書くには削ること | 熱脳しゃちょのブログ

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おせっかい焼SE兼プログラマ兼……の辛い日々と、思う事なぞ

と、実はよく言われる。

せっかく書いた文章を時には数十ページ分バッサリ捨てることだってある。

三流小説家は、この捨てることができなくて、あーでもないこーでもないと、どうにもならない文章の塊をいつまでもいじり続けるという。

 

ベンチャーにピボットが大事というのは、実は根っこの部分は同じだと思う。

当初の目論見通り、うまくいくことなんてそうそうない。

ダメそうだと思ったらバッサリ切って、真っ白な原稿用紙に新しく書き付けていかなければならない。

なぜダメだったのかを考えて、やり方を変える。

 

ベンチャーの企業戦略だけではない。

システム構築だってそう。

おいらは、特に重要な部分であれば、数回書き直しをする。

そこを書き直すことが、後々の性能問題や仕様追加への柔軟性問題、保守問題等々に、大きく影響するからだ。

この書き直しのイテレートは、とても速く回している。

出来上がったものだけを見ていると、他の人と同じくらいのペースで設計実装をしているように見えるかも知れないが、システムの育ち方の予測のためのヒアリングなどを挟みつつ、3回くらいはイテレートしていたりする。

自分は全知全能の神ではないので、初手で完璧とはとてもじゃないけど思えないから、繰り返すのだ。

 

自分は頭がいいと思い込んでいる、ドケチな人間はこれができない。

本当に、笑えるほどできない。

考え方もやり方も変えないで、自分たちは正しいとほとんど同じことをやり続ける。

まるでモンキー。

違う点と言えば、規模くらいなものだ。

とにかく人を増やす。

頭数だけ揃えようとする。

 

だが、人月の神話でもあるように、人を倍にすれば成果が倍になる、ということは絶対にない。

同じ人件費を使って、できる技術者を、七人の侍のように、少数精鋭で雇うのが正しい。

でも、基本ドケチなので、「一人の人間にそんなにお金は払えない」と考えてしまうのだよな。

で、派遣会社からなんとなく人を雇ってしまう。

そういう技術者がメガファットUtilsを作ってとんずらする。

 

結局、会社は社長の器以上にはデカくならない、ってことですね、ということを実感してます。