( 娘の会社からの供花 電気で毎夜七色に光って

 くれてます。)



皆さん、今日わ。


今日のブログは闘病記も四回目。

内容は病状なのですが、

一体、いつから病状が出てきてたのか?

分かりません。


肝臓はサイレントキラー?


元々骨髄性異形整症候群でしたが、

骨髄で血を作れない、血小板がアホみたいに

……、ゴホン、訂正異様に少ない位で、

特にコレといって生活に支障はありませんでした。


せいぜい、大怪我するなよ!

抜歯も命掛けって位。

歯医者さん、血止は10倍でお願いします。



それで、

経過観察を十数年続けてました。


2ヶ月に一度ずつ見て貰ったのに、

ある日当然の幹細胞癌でした。

癌発達するの、早過ぎじゃない?

( 目に見えない位チビ太の癖に、

人様の命を狙いやがって、ムカつく奴だ!)



以前のブログでも説明しましたが、

糖尿病が癌の手助けしたのかしら?



まぁ、改めて糖尿病も多いよねー。

お隣もそう、親戚の人( 故人 )も糖尿病で失明、

私の母親も一時糖尿病だった。


……、私も予備軍💦💦



旦那さんの場合、世の噂に聞くカロリー制限とか

食べちゃいけない物は特にありませんでした。

食事作る側は、てーへんだー!

と、ビビりましたが、その辺は楽でしたね。


ただインシュリンが欠かせないので、

外食が大変!


車に待機して貰って、席に座れて注文してから、

インシュリンを打って貰ってました。

お店が混んでたら、料理が出てくるタイミングが

もー、ハラハラ。

直ぐ、血糖値がストーンと下がるから、

直ぐ食べないとダメ。


まさか、お店で腹出してブスブスはないわー。



そんなんで、手術の後は暫く元気ですが、

糖尿病は治る訳もなくちょーっと大変でしたが?

本人の行きたい処へ家族旅行も行けました。


遠く離れた娘達も病名聞いてから、

年に2〜3回帰省して父親の様子を伺ってました。






そして、3年と少し経過した処で再発。


ここからが家族も本人も大変です。


抗がん剤治療とか、放射線治療とか、

ホルモン治療、免疫治療とか色々ある様ですが、

腹水が溜まったら、それも出来ない。


最初癌が見つかった時、

開腹手術は無理( 血が止まらないから )

レーザーだか、放射線だかで焼きましたが、

開腹手術ではないので、お医者さんも、


「100%ではないかも知れない。出来うる限り

 綺麗に取りましたがね。」


と、言ってましたので、祈ってはいたのですがね

再発。


イヤ〜、最初の時でもステージ4やん。



再発となったら、抗癌剤治療しかなかった。

で、まず二回。

で?

ホラ、抗癌剤治療となると、髪の毛がアレでしょ?

旦那さん○○○○買って、頭皮に付けてた。

その頃から、白髪も目立つようになりましたが、

幸いにも○○には、ならなかったですね。


寧ろ○○○○のせいか、白髪が減ってました。

良かったわ。


でも、治療始めたら腹水が溜まるようになり、

最初ほ二週間に一度抜いてました。

コレが結構時間かかる。



あれね?腹水って点滴なんか目じゃない、

て位栄養たっぷりで、抜きっぱなしは悪いんですって。

だから、また時間を掛けて幾分か戻します。


そして、戻したら何故か38〜9度の熱がでる。

その為に帰りの運転手の私は、

一日中病院待機。約8〜9時間。



何もせずに時間潰すのも勿体ないので、

その間、ブログを書いたり、英会話の勉強。

余った時間はYouTubeや動画。



やがて、二週間に一度が毎週になり、

更に週2で腹水を抜きに病院へ。


その頃になると、抜く量も6〜8リットル。

臨月みたいにお腹が膨れて、

シートベルトがめっちゃ苦しい。


冬道や道路の凸凹もお腹に響いて、

そろそろと運転しなきゃなりません。


腹水抜きに一年半。

週2で通って3〜4ヶ月で亡くなりました。



病状については、まだまだありますが、

今回は此処で筆を置きます。


今回は腹水の話し。

色々併発する病気や体調など、分けて記事にします。

でないと、訳分からん、中途半端な記事になると思いますので。


次回は食事や帯状疱疹の話しです。


では、今日も最後まてありがとうございました。