
〈 ↑ 妻との出逢いから死別までを綴ったエッセイ
城山三郎(1927年8月18日 - 2007年3月22日)〉
「生きていても何もやる事がない」
我が親父がここ数年よく口にする言葉だ

ただ漠然と時間を潰す毎日…
そんな姿を見ると
『生きる』『生かされる』
意味を考えてしまう
そんな親父が先日
癌で余命宣告をうけたのは
自分から『生きる』ことを放棄した
結果のように思えてならない
“積極的に生きる気はないが死ぬのも怖い”
というのが今の親父の心境だろう

親父は今回の人生で何を学んだのだろうか


黒澤明監督 1952年公開の映画『生きる』
市役所の課長(志村 喬)は
ある日自分が癌で余命いくばくもないことを知る

今まで自分は何をしてきたのか

人生を無駄に過ごしてきたのではないか

残された時間をどう過ごせばよいのか


玩具工場で働く女性に
自分が癌であることを伝えると
彼女は自分が作っているウサギの玩具を見せて
「こんなものを作っているの
日本中の子供と仲良くなったような気がするわ
課長さんも何か作ってみたら?」と言う
もう遅い…今さら何が…
ウサギの玩具を見つめる彼
何かを思い付いたかのように立ち上がる
住民達が陳情に来た汚水溜めのある土地に出かけ
この場所を自分自身の生きた証として
公園にすることを決意する

名優 志村 喬の
静かな鬼気迫る演技が凄い

そして全力を尽くし住民の要望だった公園を完成させ
完成した公園で雪の降る夜にブランコに揺られて
彼はしみじみと歌う「命短し恋せよ乙女…」

彼の死後
彼の作った公園は
今日も子供たちの笑い声で溢れている…

〈 ↑ 志村 喬(1905年3月12日 - 1982年2月11日)〉
ゴンドラの唄
作詞:吉井勇
作曲:中山晋平
いのち短し恋せよ乙女
朱き唇褪せぬ間に
熱き血潮の冷えぬ間に
明日の月日はないものを
いのち短し恋せよ乙女
いざ手をとりて彼(か)の舟に
いざ燃ゆる頬を君が頬に
ここには誰れも来ぬものを
いのち短し恋せよ乙女
黒髪の色褪せぬ間に
心のほのお消えぬ間に
今日はふたたび来ぬものを

